エベレスト街道トレッキング(6)

 

2003年10月12日~11月09日

おやじ一人でチョラ・パスを越えて

11月2日~11月9日  エピローグ

早朝のルクラ空港は混雑していたが、飛行機は順調にテイクオフして行く。
カトマンズのコスモ・トレックへ戻ると、事務所はまだ活動していなかった。1時間ほど待つと漸くスタッフが出勤してきた。 とりあえずは宿を予約していないので、入山前と同じホテルマナスルをとってもらう。それから、ダメモトで1便早く(週2便)帰国できるか聞いて見ると、 やはりハイシーズンなので無理。それならばしかたがない。2泊3日でポカラへ行くことにした。
ホテルでシャワーを浴びてからタメル地区へ食事に出る。無性に日本食が食べたくなって、「味のシルクロード(バックパッカーに有名)」でカツ丼を食べた。

今日は一日カトマンズの観光。
ホテルを出た所にいつも屯をしているタクシーはボラレルと思い、流しのタクシーをつかまえて「ボダナート(ネパール最大の仏塔が建つチベット仏教の巡礼地)」へ。 ここで失敗をしてしまった。乗車前に運賃交渉をしなかったので、やっぱりボラレテしまった。クヤシ~イ! 帰りはしっかりと運賃交渉をして(それでも地元価格より高い) 納得の値段で「パシュパティナート(火葬場のあるネパール最大のヒンドゥー寺院)」に寄り道をして帰る。

今日から2泊3日でポカラへ。
相変わらずのマイクロバスのような小型飛行機にて30分でポカラ着。空港に降りると、マチャプチャレがよく見える。その背後にはアンナプルナも見えている。迎えの車に乗るが、 空港の端を回りこむと直ぐにホテル着。チベット人がオーナーの宿だ。
早速、ペワ湖畔の中心街へ食事に行く。レストランとプチホテルが林立しており、レイクサイドは想像していたほどの美しさではない。それでも、王室別荘の斜め前のレストラン で食べたピザは美味しかった。

充分に時間があるので、ガイドを雇わず、タクシーもチャーターせずに一人でサランコットへ。
ホテルのロビーで大丈夫か?という顔をされたが、OK!OK!と出発する。空港に沿って北上するとニューバザールに出た。取り立てて特徴は無いが、家具屋が多いようだ。 交差する大きな通りを適当に左折して行くと旧バザールに出た。ここは趣のある街路が続いており、道の真中に祠がたっていてヒンドゥーの神様が祀ってある。 ガイドブックだけが頼りなので、疑いつつ尚も行くと、ガイドブックに載っている「ヒンドゥパシニ寺院」に出た。
よしよし、ここからがサランコットへの上り口だ。
タクシーでも登れるルートをのんびりと歩くつもりで出発。直ぐに青年がカタコトの英語で話しかけてきた。半分くらいしか解らないのだが、近道を案内すると言われて着いて行った。 確かに大きく迂回している本道をショートカットしている裏道だった。しかし、ここでまた失敗。人通りの無い所でチップを要求された。揉めるのはヤバイと思って素直に出したが、 気分悪いぜ!
暑さのせいもあるのか、思ったより長い登りが続く。そろそろ頂上は近いかと思った時、上のほうで子供達が大声をだして手招きをしているが、またチップを取られると思って無視。 展望台へ続く石段の両側はお土産屋兼茶屋が並ぶ。最後に鉄塔が建つ展望台へ着いたが誰もいない。生憎と曇っており山は見えない。雲の切れ間から見えることを期待して待つことにした。 しばらくすると、子供達が集まってきた。荷物を盗まれないように抱えたままで子供達と会話をするが、通じてはいないようだ。やがて捨て台詞らしきものを残して消えた。 ついに、マチャプチャレの上部が見えただけで、アンナプルナは見えなかった。
下山はペワ湖へ直接下るルートを行くつもりだが、ガイドブックを見てもよく解らない。眼下に湖が見えているし、段々畑と農家もあるので適当な道を下ることにした。実際に歩きはじめると かなりの傾斜地に段々畑は作られており、畦道ははっきりしていない。途中で二度、遊んでいた子供達に道を聞いたが毎回チップを要求された。どうもこの土地は部外者からチップを取るのが あたりまえのようだ?
かなり下ってから、田圃の畦道を歩いていたら石垣が出てきて行き止まってしまった。ウロウロしていたら農家の庭先から老人が手招きをしている。一瞬、怒られるのかと思ったが、道が解らない ので覚悟をして老人の所へ行くことにした。手振り身振りで湖へ行くのか?と言っているようなので、とりあえづYESと答えたら川を指差した。水は流れていないし、川に沿って下ればやがて湖へ出るだろう と考え、お礼を言う。初めてチップを要求されなかった。
ペワ湖畔のレストランでセブンアップを飲んでホットした。
結局、山は見えなかったのです。

再びカトマンズへ戻って、二日間「パタン(美の都と言われるネワール族の古都)」と「スワヤンブナート(ネパール最古の仏教寺院)」を観光する。
そろそろカトマンズも飽きてきた。

漸く帰国便が出発の日を迎えた。
23時45分発なので昼間は時間が余っているのだが、観光も飽きたのでホテルのロビーでぐったりして過ごす。
20時30分頃、迎えの車が来てトリブヴァン国際空港へ。ロビーへ入ろうとしたら銃を持った兵士に止められた。中へ入れてくれないので、コスモ・トレックのスタッフに調べてもらう。 どうやら欠航らしい。何処にも、何も書いて無い。再度ロビーへ入ろうとするが、やっぱり止められた。外のベンチで待機しろという。
ロイヤル・ネパールの関空行きなので、だんだん日本人が増えてきた。聞いて見るとやっぱり機材の不良で欠航らしい。彼等はこれからロイヤル・ネパールと同系のホテルへ行って、宿泊の手配をしてもらうとのこと。 我々もそのホテルへ行くことにした。着いてみるとごった返していた。どうやら、香港行きも欠航らしい。
大してお腹は空いていなかたが、チケットを見せると夜食が食べられるとのことなので宴会場へ行く。この場に及んでも情報がはっきりしない。何時になったら部屋割りをしてくれるのかも解らない。とにかく、今日は 帰れないと覚悟をして、コスモ・トレックを開放することにした。なるべく日本人がいる近くで待機するが、誰も確かな情報は持っていないのだ。
そのうち、ツアーの日本人グループに動きがあり、どうやら関空行きが出るらしいとのこと。団体さんは現地スタッフの車で空港へ戻りだした。気が付くと個人旅行の日本人だけが取り残されていた。フロントで聞くと シャトルバスが動いているので、それを待てとのこと。30分以上待ってもシャトルバスは来ない。再度フロントに聞くが、バスを待ての一点張り。さすがに不安が募ってきて、関西出身のおやじさんと攣るんで、タクシーで 行くから車代を払えとフロントを脅したら、漸くホテルのマイクロバスを用意した。
空港へ戻ると既にチェック・インは始まっていた。ボーディング・パスを手に出国ロビーへ行くがイミグレーションは空。フリーパスで中へ入って暗い滑走路を眺めるが、飛行機は何処にもいない。???
延々と待たされて、深夜の3時ころ突然、飛行機が着陸した。機材の不良ではなく、運行便のやりくりがつかなかったことは歴然。なんと、明けがたの4時30分にテイクオフできた。
二度とロイヤル・ネパールエアーラインは使わないと固く誓った次第です。

エベレスト街道のトレッキングは、高度順化さえできれば何も問題はありません。但し、長期間の旅になるので、良いガイドに恵まれることです。 チョラ・パス越えは雪が無い、秋がベストでしょう。
次は、ランタン谷かトレッキングピークの登攀かな?、、、、、

K・I 記


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