エベレスト街道トレッキング(2)

 

2003年10月12~11月09日

おやじ一人でチョラ・パスを越えて

10月12日~21日  ゴーキョ・ピークへ

羽田APでカトマンズまで直行で預けた荷物がどうにも気になる。関空で乗り継ぐ時に2度も確認をしてしまった。 評判の悪いロイヤル・ネパール航空は運良く定刻に出発。機内ではテレビなし、イヤーホーンの設備もなし。 こんな飛行機が国際線を飛んでいることにビックリ。途中上海で給油をして、定刻より30分早くカトマンズに到着した。 機内で出入国カードとビザ申請書を記入しておいたのだが、換金をしていたらイミグレーションに並ぶのが最後尾になって しまった。1時間以上並ばされてやっと入国。ターンテーブルには自分の荷物がさびしく廻っていた。

昨夜はホテルマナスルのレストランでビールとサンドイッチで一人さびしく入国祝をして寝た。
11時30分にコスモ・トレック(現地のエージェント)で打合せの予定なので、それまでぶらりと外出をしてみる。 初見で土地感が無いがおおよその見当をつけて歩いていたらオールド・バスターミナルに出てしまった。 ガイドブックで確認をすると、広い緑地帯の反対側がタメル地区だ。噂に聞いていたとおりの繁華街。今回のトレッキングに ピッタリの地図を見つけて購入しホテルへ戻る。
予定より早く迎えの車がきてコスモ・トレックへ。トレッキング・ガイドの「ANTARE」氏を紹介された。長身で気の良さそうな第一印象を持つ。 これならば長期間一緒にやってゆけそうだ。チョラ・パスを越える事を確認して打合せは終り。明朝は6時まえにホテルを出発して 国内線のターミナルへ行くとの事。
午後は再びタメルで昼食をとって、旧王室のあったダルバール広場へ。

早朝の国内線ターミナルはごったがえしていた。X線検査を受けてロビーへ入る。いつチェックインが始まるのか良くわからない。 とにかく待つのみだ。ここまで来るマイクロバスに同乗していたアイランド・ピークを目指す北海道の4人パーティがX線検査に引っかかっていた。 プラパールの装備を開けさせられていたのでその様子を写真に撮っていたら、係りのおっさんに捕まってこっぴどく怒られる。 ひたすら謝り、人ごみがあったのでワイロをとられずに済んだ。
滑走路にはマイクロバスのような小型飛行機が10機ほど整然と並んでいる。荷物を積み込んで、さあ出発かと思っていたらなかなか搭乗の気配が無い。 何の説明も無くその場に待たされる。どうやらルクラの天候待ちのようだ。待合室へ戻るでもなく、その場で2時間ほど待たされた。 突然あわただしくなって次々とテイクオフが始まり一路ルクラヘ。左側の席に座ると直ぐに真っ白なヒマラヤ連峰が見えてくる。 40分ほどの飛行で、尾根に激突するのではないかと思われるほどすれすれを越えて小さなルクラAPに着陸。沢山のガイドとポーターが売り込みをする中を 掻き分けて、村の中心にあるロッジに収まった。今日はここまで、、、

いよいよトレッキングのスタート。東京でも、カトマンズでもポーターを雇って楽しく歩くほうが良いとアドバイスを受けるが、20kgの荷物は 自分で背負うと意地を張ってきた。ANTAREから本当にポーターを雇わないのかと念押しされてちょっとグラッ!ときたが、ナムチェ・バザールまで歩いてから 考えると告げて歩き出す。
村の外れで、剥き出しの小銃を持った警備の兵士に送られて坂道を下る。のどかな村の中を過ぎ、ドゥードゥ・コシの左岸をパクディンへ。 ここで初めて吊橋を渡って右岸へ。昼食はザムフーでとる。初めて「タムセルク」が見えた。やっぱり良い山だ。淡々と歩いて再び左岸へ移り、100mほどの高度差を 克服すると今日の宿モンジョに着いた。

歩き出して直ぐにナショナル・パークのチェックポストだ。朝早いのでまだ混んではいない。外国人は1000ルピーが必要だが、事前に受取っていた チケットを見せるだけでパス。そこから何度か吊橋を渡り返して快調に歩く。2年前のインドで懲りたので、今回は油ものを避けてベジタリアンのような食事が 功を奏しているようだ。
いよいよナムチェ・バザールへの登り。聞き及んだ通りゾッキョ(ヤクより一回り小さな牛)の行列が通ると凄い埃が舞い上がる。用意してきたマスクを 使おうかなと考えたが止した。途中から、ANTAREが旧道らしい脇道へ案内してくれたのでしばらく埃から逃れることが出来た。
なんだか拍子抜けの感じでナムチェ・バザールの村へ到着。体調が良かったのかな?
SONA・LODGEの夜は、10人ほどのアイランド・ピークへ行くイギリス人パーティに占領されて、一人で仏間に寝かされた。明日は停滞なのでま~いいか?

K・I 記


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