第12回日本山岳耐久レース
(長谷川恒夫CUP)

 

2004年10月10~11日

参加者 : 5 名
スタッフ :  5 名

10月10~11日(日・祭) 雨後曇り

このレースは全長71.5キロメートル、標高1000~1500メートルの山岳地帯を24時間以内に走破するものである。
コースは武蔵五日市駅近くの中学校グランドからスタートして、今熊神社、市道山、醍醐丸、土俵岳、三頭山、御前山、大岳山、御岳山、日の出山等の奥多摩の主な山を周回し、五日市にもどるように設定されている。途中に3つの関門が設けられ、各人の通過時間の測定と制限時間が決められている。
コース上注意が必要な箇所はロープが固定され、迷いやすい箇所は矢印の立て札やテープあるいは点滅灯が設置されている。また主なポイントには役員の方が夜通しいてくれる。
携帯を義務づけられている装備は水2リットル以上、雨具、行動食、ヘッドランプ、予備電池、防寒具等である。水は42キロメートル地点の第2関門月夜見で1.5リットルの補給がある。
稜朋会からは選手として5人、役員として5人が参加した。稜朋会の役員は三頭山で選手のお世話をする。私は選手として参加するのは5回目である。
12時前に受付を済ませ、集合場所のグランドに出た時には、すでに稜朋会の出走メンバー、友人の鷹取グループのYさんは顔をそろえていた。台風一過のよい天気を予想していたが、霧雨が時々降っている。
主催者の話によると、今年は2000人の申し込み(出走は1500人)があったとのことで、いままでの大会で一番多い。来賓・主催者の挨拶が終わると全員でストレッチを行う。
13時になると目標タイムが10時間、12時間、16時間、20時間の4グループに分かれ、順次にスタートし、走り出す。車がとめられている五日市街道を横切り、脇道を下った広徳寺の手前で、恒例となったお囃子が今年も元気づけてくれる。ここまでYさんと一緒であった。
今熊神社までの山道は細くいつも渋滞となるので、それを避けるため走る。
今熊神社からの急な階段を数珠つなぎで登り、その集団のまま入山峠に向かう。
入山峠から市道山まで山道は急なアップダウンが連続するが、登りは前がつかえてゆっくりペース、下りは周りにペースをあわせて小走りで進む。今年は参加人数が特に多いのでどこまでいっても1人で歩くことができない。歩くと道が細いので後の人も遅くなる。
スタートから2時間が経過したので休憩をとる。記録をつけようとしたらボールペンがこわれていたので、これからも2時間おきに休憩をとることにした。
休憩後しばらく行くと休んでいるSさんとYさんに会う。これ以降は稜朋会メンバーに会うことはなかった。醍醐丸を過ぎたあたりから、止んでいた霧雨が再び降り始める。醍醐丸と三国峠の中間地点あたりから暗くなり始めたので、ヘッドランプを取り出す。ヘッドランプの光は霧雨に反射してあたかも濃霧がかかったようになり、あたりの様子がわかりにくくなる。道の不明瞭な箇所や木の根が連続してる箇所はヘッドランプを手に持って道を照らす。
三国峠あたりで足全体が熱をもってきたので意識的に休むようにした。昨年はオーバーペースのため浅間峠から膝の裏が痛くなってしまったので、今年は無理をしないと決めている。
第一関門の浅間峠の手前はこのルート2番目に道が悪く滑りやすいが、今回はさらに雨も加わり、土がこねられて粘土のようになり人間の踏み跡がわだちのようになっている。
浅間峠には19時過ぎに着く。昨年より1時間ほど遅い。役員の方がゼッケンの確認後、RCチップを読み込ませる機器の上を通過する。周りには多くの人が休んでいる。
数分休み出発する。ここからはストックの使用が許可されている。足への負荷も軽減される。土俵岳はユーマックが担当なので大きな声で挨拶して通過する。ユーマックのKさんが応援して励ましてくれる。ありがたく元気をもらう。笛吹峠・西原峠へは比較的なだらかな尾根が続くが迷いやすい箇所があるので注意がいる。案の定集団の先頭を歩いている人が道を間違えて引き返してくる。代わって私が先頭になり集団を引っ張る。標識、テープなどを確認しながら進む。雨が強くなってきたので上半身のみ雨具をつける。
西原峠からは三頭山への登りとなるが、前半は傾斜がゆるいので普通に歩いているうちに高度を稼げる。後半は岩場がいくらかあり、避難小屋を過ぎたあたりから急な階段となる。
三頭山はルートの中間地点であり、稜朋会メンバーが担当している。Kさん、Nさんが選手に大きな声をかけている。私も元気をもらう。ここに午前1時前に到着、いつもより2時間はオーバーしている。
相変わらず雨も降っていて道も悪い。ここで「例年の時間にとらわれずに24時間以内に完走すればよい」と気持ちを切り替える。眠気を抑えるためアミノバイタルを飲んで出発する。
鞘口峠までは急な下りである。例年は下りを利用して早く降りられる歩き方をするが、今日は土に足をとられ、また滑らないように歩くのでスピードがでない。鞘口峠で足を休め、第2関門の月夜見に向かう。もうすぐ1.5リットルの給水が受けられると思うと元気がでる。片側が沢に落ちている道を通過し、駐車場のある月夜見につく。
ここは故障した人や大事を取る人のリタイヤが多い。明かりを利用してヘッドランプの電池を換え、雨も激しくなってきたので雨具の下をつける。誘惑を振り切り、いざ御前山を目指して出発する。
数分して広い下り道全体が滑り台のようになっているところが50メートルほど続く。ここで2回思い切り転ぶ。まわりの人も同じように転ぶ。後で稜朋会のS・Kさんがここで滑って手を骨折したことを聞いた。
御前山へはコースで最もきつい登りである。一旦下ってから頂上まで一気に傾斜の急な登りが続く。下りきったところは道が冠水しており、それが500メートルぐらい続く。メッシュの靴に水が染み込んでくる。御前山には私がトップで集団で登る。
御前山には役員が1人いた。おむすびを雨から守るようにして食べる。
御前山から大ダワまでの下りは土が大きくえぐられている悪路である。懐電を両足につけて足元を照らす。足元は土が団子状になっていて、泥んこの中を下っていく。後から1人がずっとついてくる。その人と時々話しながら下る。声が低いのと速いペースにもかかわらずついてくるので男性と思っていたが、大ダワに着くと女性とわかった。
雨も小ぶりになる。ここまで来ると先がみえてくる。
大岳山への最後の登りについているとき、まわりが明るくなり、懐電も消す。岩場もあるので慎重に登り、また下る。御岳山、日の出山と順調に歩を進める。日の出山からはなだらかな金毘羅尾根を下る。元気な人は走っている。
ここから膝が痛くなり、あまり無理ができない。ゴール手前の道路は舗装されていて、疲れた足にはつらいがゴール周辺での応援に励まされ、小走りにゴールに向かう。
今年も”やった”と思いながら11時過ぎに笑顔でゴールした。

S・F 記


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