谷川岳 巌剛新道

 

2004年10月23~24日

参加者: 8 名

10月23日(土) 雨のち曇り

いつもは、一の倉沢出合いにテントを張って仮眠をした後で、早朝より登攀へ出発していたのだが、今回はシンセン沢左俣と右俣に分かれての登攀なので、どうしようかと決め兼ねているうちに出発。
水上ICを出る前より雨が落ちてきた。谷川ロープウエィ立体駐車場のロビーで仮眠をすることに決定。先客もいたが、我々はインフォメーションカウンターの前に陣取る。
朝になっても雨は降っていた。
10時頃まで様子をみてから、雨があがってきたので巌剛新道に変更して出発。登山センターで届を出すと、頂上は霙が降っているとのこと。
途中で登攀用具をつけた一団とすれ違い、何処へ行ったのか聞くとシンセン沢とのこと。水量が多くて帰って来たそうだ。雨の時に沢へ入るのは無謀だよ・・
15時頃、肩の小屋へ到着。今回は、馬場さんへの表敬訪問も兼ねている。
新しい山小屋の2階の部屋を使わせてくれた。早速、アルコールとつまみが並んだ。早々と宴会がスタート。宴もたけなわの18時少し前に突然、谷川岳が持ち上がったような衝撃があり、続いて横揺れがきた。中越地震の始まりである。しばらくして、再び強い揺れがきた。しかし、山小屋が新しいので潰れる心配は一切しなかった。
下に降りてテレビを見ると地震速報が流れていたが、大災害になるとは思っても見なかった。
心配をしてもしかたがないので再び宴会を始める。余震の中で夕食もとった。

10月24日(日) 晴れ

寝ている間も余震はあったのだろうが憶えていない。朝食時の地震速報は被害が大きくなっている。我々はまだ事の重大さに気が付いてはいなかった。
東南稜を登攀するつもりで馬場さんに告げると、ベルグラがはっているので潔く止めた方が良いと注意されて諦めた。
それでも、素直に下山せずに中芝新道を選んだのです。一の倉岳上り口の国境稜線には亀裂が走っており、芝倉沢に入るとかなりの所で落石の跡が生々しく残っていた。
水上ICから東京方面は通行止めになっていなかったので、順調に帰京できました。

K・I 記


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