剣岳 北方稜線縦走

 

2006年8月14~17日

参加者 : 6 名

8月13日

武蔵浦和駅を夜9時に車で出発。上信越道、北陸道を経由して富山に向かう。

8月14日 晴れ

魚津近くのサ-ビスエリアで時間調整のため午前5時まで2時間程仮眠をとり、富山駅前に 朝6時前に着く。
富山地鉄裏の駐車場に3日聞駐車するので、予め話をしておいたので1日2500円で止められた。
午前7時30分発の室堂行き直通バスに乗り、室堂に9時45分到着。
身支度をしてのんびりと出発。
今回は、岩稜の縦走なので荷物の軽量化を図った。
真夏の日射しが強いのと初日の寝不足で歩が進まない。
剣御前に到着して小屋の前が混んでいる。 剣山荘が雪崩で一部壊れて営業していない関係であるらしい。
幕場までの途中、別山からの斜面上部に通常の夏ならない雪の壁があり、今冬の大雪の跡が残る。
午後4時前に三田平の幕場に到着し、テントを設営後日没まで久しぶりの剣岳の景色に酔いしれた。
警備センターに北方稜線への計画書を提出しながら稜線上の残雪等の伏況を確認する。
翌朝、午前2時起きなので午後8時には就寝。 ウトウトしていると、隣のテントの話し声が寝静まった世界に高らかに聞こえてくる。 時計を見ると午後11時近く。帰幕が遅くなったのだろうが常識の無い パーティに注意を促し、どうにか静寂が戻り再度就寝する。

8月15日 晴れ

午前2時起床。
深夜までウトウトしていたため寝不足気味であるが、午前4時45分テントを撤収 してパッキングを終え、長い一日が始まる。
各人水2リットルを担いで剣岳の頂上に向かって一般コースを登る。
剣山荘の小屋が雪崩で一部懐れて改修工事をしているのを見て、雪崩の破壊力の凄さを痛感する。
荷物を軽量化したにもかかわらず、幕営道具を担いでの重荷で鎖場の急登では岩場から引き剥がされそうで神経を使う。
午前10時 剣岳山頂到着。
ハーネスを着け、一般コースに別れを告げ、注意看板がある地点から北方稜線のルートに入る。 急な岩場を下って行くと、剣の山頂が見る見るうちに高く見えるぐらいに一気に下りてしまう。
ハッ峰を常に右手に見ながら崩れやすい岩場を30分も下ると岩稜に変わる。
長次郎谷の雪渓を見ると、アイゼンを着けても上部雪渓を詰めてくるのは悪いと感じた。
途中で4パーティ程と擦れ違ったが、全てが熊の岩にテントを張って本峰経由で下るクライマーだ。 北方稜線を経由したパーティにはここまで会っていない。
池の谷尾根の頭よりの下降はロープ無しで降りたが、新人や登攀経験の浅いメンバーがいる場合は、早め に懸垂下降ポイントを作って懸垂したほうが、時間がかかるも安心であろう。
ここの下降をしている時にハッ峰を登ってきたらしいクライマーから下へ降りる地点を聞かれたが、我々のパーティも全神経を 使って安全に下ろす足場を探しているのが見えているのに常識を疑う。
安全な地点に降りたところで、先程の八ツ峰パーティーに三の窓側に向かう様指示する。
しばらく小さな岩場の登下降を繰り返し、ガレ場下降の池の谷ガリーに入る。 ここの下降はローカットのシューズだと苦労する。 固めの登山靴ならば思い切って流れる小岩に乗れて、 短時間で通過出来るだろう。
午後1時 三の窓に到着。
ここまで、山頂から休み無しで来たので少し長めの休憩をとり、小窓王南壁の左ラインを斜上する。
ガスっているとルートがわかりずらい地点だ。
ここは上部で浮石が多く、 足揚が不安定で落石を起こしやすいから間隔をあけて登行する。
小窓王の肩に抜けると 池の平山が見え、その手前が小窓の雪渓。
日暮れまでに池ノ平小屋まで着けると安易に思ってしまた。
まもなく雪渓があらわる。アイゼンを着けて雪渓をトラバース。部分的にガリガリに凍っており、 軽アイゼンを使用しているのでパーティに気を抜かないよう指示をして通過。
このあたりからルートは全体に下っている。
2つ目の雪渓があらわれた。再びアイゼンを着け、ここは足を滑らすと下まで流されてしまうので20m、ローブを固定する。  時間は午後4時をまわっていた。
ルートを探しながら小窓のコルに午後6時到着。
雪渓を40分下ると池の平小屋へのコース取り付きのペンキの丸印が見つかった。
ザレ場を登るルートは雪渓の雪解け後で荒れ放題、シュルンドに落ちないように注意するがすでに日が暮れ て緊張が続く。
森林帯に入ったときは暗くなってしまい、ヘッドランプを使用するが一気に行動視野が狭くなる。
ヘッドランプでのルートハンティングは時間がかかり、段差の間隔がよく判らないので小窓雪渓 側へのスリップにも注意を要するので疲労感がたまる。しかし、 行動時間が14時間を越えているがパーティは皆が元気なので安心する。
森林帯に入って1時間半が経過。遠くに小屋の明かりと人の声か聞こえた。
もう近いと思って安心していたら暗闇に再び雪渓が出て来た。 雪渓の先が岩壁に見えており、ルートを間違えたと思い戻り始めた時、ライトが近づいてくるので声をかけると、 そのまま雪渓をトラバースするのが正しいそうだ。
午後9時に池ノ平小屋に到着。
今日一日、16時間の行動を終えた。
天幕を持っていたが、時間が遅いので小屋泊とする。 小屋の主人が消灯を1時間遅らせてくれ、自炊の準備をするその間に風呂まで入れてくれた。 小屋の厚意に感謝。

8月16日 晴れ

午前8時 池ノ平小屋を出発。
昨日が今回の縦走の核心部通過であった。天気に恵まれ、全員体調も良く充実した16時間だったので疲労感が少ない。
今日は阿曽原温泉までの7時間行動。
荷物も日毎に軽くなり、充実感もあるので足取りも軽い。
仙人池では、裏剣のバノラマに言葉を忘れて対時してしまった。 誰もが紅葉の季節に再度来たい場所であろう。
仙人池ヒュッテを後に、仙人温泉でものんぴりと休憩して、今日の幕場である阿曽原温泉小屋に午後4時到着。
テントを設営後、時間で男女に分けられた黒部川の露天風呂で3日間の汗を流し、 まさに言葉は要らない快適な時を過ごす。
夕食後は、満天の星空に天の川が綺麗だ。 テントの外で、芝に寝ころんで天然のブラネタリウムを満喫する。
午後8時過ぎ就寝。

8月17日 晴れ後雨

午前2時起床。
テントを撤収して、午前4時出発。
昼前には欅平に着かないと東京に帰るのが深夜になるので、日の出前に出発した。 欅平までは通常なら5時間程で行けるが、人数が多いので7時間を予定する。
水平道をワイヤーの手すりを使いながら、満足感を背負って進む。
堂堂から剣岳本峰を越え、険しい岩稜帯を登下降し、雪渓をトラバースして縦走した 裏剣岳の3日間。
観光客が簡単には来られない場所の水平道が最終章である。 黒部ダムを造るための道だけに、所々にトロッコのレール跡があり、当時の難工事が想像される。
午前11時 予定通り欅平に到着。
直ぐにトロッコ列車に乗れ、宇奈月温泉からも接続よく午後2時過ぎ富山駅に到着。 駅裏の銭湯で4日間の山旅の疲れをとる。
我々の山行が終わるのを待っていたように午後からは雨となった。
充実した山行の思い出を胸中に帰京しました。

  Y・F 記


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