マッキンリーに登ってきました

 

2007年6月10~7月12日

参加者 : 2 名

[3] タワシ髭隊長

タワシ髭隊長と言えばピーンとくる人も多いかとおもいます。
そうです
1990年 アラスカマッキンリーの5,715m地点に定点気象観測器を設置した人物です。それ以来、切らさず毎年機材の交換とDATAの回収を兼ねてマッキンリーに登頂しております。
2000年に永年続けてきたこの観測に対して「第三回秩父宮記念山岳賞」を受賞。
同年アラスカ大学IARC(国際北極圏研究センター)に観測が受け継がれました。また、2002年よりリアルタイムDATAの入手が可能にもなりました。
現在は、IARCが機材の製作と観測を担当し、年に一回の現地メンテナンスをする登山隊の組織をタワシ髭隊長が担当しています。
2007年度の気象観測登山隊へは、私ども稜朋会員のKが勤務している会社より観測機材を納入しており、タワシ髭隊長と面識があるところからKの紹介でS・FとK・Iの2名が参加させてもらった次第です。
ちなみに、Kはわが国の南極観測越冬隊員として2回参加しています。
タワシ髭隊長の山歴はこればかりではなく、
JECC会員・カモシカ同人・日本山岳会理事・日本山岳ガイド連盟公認ガイド その他多数の団体で活躍中。
日本国内及びヨーロッパでの登攀実績があり、
1979年 (ダウラギリⅤ7618m~Ⅲ7715m~Ⅱ7751m峰  3山縦走)
1983年 (冬季チョモランマ北壁8100m 登攀)
1985年(冬季チョモランマ北壁8450m 登攀)
1987年 チョー・オユー8201m 無酸素登頂
1899年より毎年マッキンリー連続登頂
極最近の記録を見ても、
2006年秋 マナスル8163m 登頂
2007年春 チョモランマ8848m 北稜登頂
2007年夏 マッキンリー6194m 登頂(今回の登山隊)
2007年秋 チョー・オユー8201m 登山中
と精力的だ。
その他にカヌーで瀬戸内海や朝鮮海峡の横断などもおこなっている。

他にもアウトドア-で数々の記録を持っておられますが、街でお会いするとちょっとあやしい髭親父です。
しかし、いったん山に入るとその足取りは驚くほどしっかりしており、隊員への気配りもすばらしいものがあります。
悪天候で停滞の朝も、必ずパルスオキシメターを持って隊員のテントをまわって体調の確認をしてくれる。
また、隊員と同様に食事当番もするし、停滞の昼食は率先してスペシャルメニューを作ってくれた。
天候推移の読みも確実で、今回もわずかな間隙を縫って登頂することが出来たのです。
A・G社公募隊のチョモランマ事故をとおして批判的な意見もありますが、今回のマッキンリー登山隊長として充分かつ信頼できるタワシ髭隊長でありました。

[4] 中高年登山隊

昨今、山へ行くと中高年ばかりです。
中高年が元気なのでしょうか?それとも、若者に山登りが嫌われてしまったのでしょうか?
世の中の流れとおりに、今回のマッキンリー登山隊も中高年登山隊でした。

タワシ髭隊長(57歳) U氏(53歳) F氏(63歳) KO氏(65歳)
H氏(65歳) S氏(61歳) KU氏(76歳) 私(66歳)
唯一平均年齢を下げているのは、現地フェア-バンクスから参加した3名が S氏(37歳) KM氏(36歳) N氏(36歳)です。

現地参加のIARCスタッフである若者3名を除くと平均年齢が63歳。隊長とそのお仲間であるプロカメラマンのU氏を除くと、全員が60代以上です。

K0・H・S・KUの4氏は、アコンカグア及びエルブールスを登山した際のお仲間だそうです。そして我々2名は山岳会の会員です。
今回マッキンリーの最高齢登頂者となったKU氏はエベレストと南極大陸ビンソンマシフを残し5大陸の最高峰を登っています。
今や、中高年は日本百名山では飽き足らずセブンサミットを目指しているのでしょうか?

人生60年を過ごしてくるとそれぞれが確立されており、自己主張があるのはあたりまえです。だが優秀なクライマーを集めた先鋭的な登山隊とはちがって、和やかな雰囲気は残っていました。
そして、ヒマラヤ登山とは違い隊荷を荷揚げしてくれるポーターは居ませんので、中高年登山隊だろうと皆で手分けをして荷揚げをすることになります。
皆がよく頑張っていたのではないでしょうか・・
その結果として、マッキンリー登頂と言うご褒美がもらえたのです。

K . I 記


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