キリマンジャロの雪 1

 

2008年2月

キリマンジャロは、高さ19710フィートの、雪におおわれた山で、アフリカ第一の高峰だといわれる。
その西の頂はマサイ語で”神の家”と呼ばれ、その西の山頂すぐそばには、ひからびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。
そんな高いところまで、その豹が何を求めてきたのか、いまは誰も説明したものがいない。

これは、アーネスト・ヘミングウェイの小説「キリマンジャロの雪」の書き出しの前文です。
以前に読んでから、この豹の話がひっかかっていた。
そして、気象変動により「2015年までに、この山にある氷が全て消失してしまう恐れがある・・・」という記事を読んで、むしょうにこの山へ登ってみたくなっていた。
そんな折に昔の会社の仲間からアフリカ行きを誘われた。
彼は、現役時代にアフリカのサハリへ動物のドキュメントを撮影にいって、アフリカにはまってしまった。
停年退職してから再びナイロビに長期滞在していた。
そのような理由で、ケニアに在留している日本人社会に顔が利くようになっていた。

私達のアフリカ行きは、一ヶ月間ナイロビに滞在してその間に「キリマンジャロ」に登ってくるというプランをたてました。
個人旅行なので、まずケニアの観光ビザを取らなければなりません。
目黒区八雲にあるケニア大使館に(写真一枚 ビザ申請書 パスポート ビザ費用6000円)を持って申請に行くことから始まりました。
それと同時に、ナイロビまでの航空券を確保しなければなりません。
ナイロビまでは幾つかのルートがありますが、私達は一番新しくルートができた「カタール航空」を選びました。あのサッカーで有名になった「ドーハの悲劇」のドーハでトランジットしてナイロビです。
次に、滞在先を決めなくてはなりません。
当初はアパートを一か月借りて生活するつもりでありましたが、長期滞在していた彼の人脈で、JICAの人達が現地に赴任する前に「スワヒリ語」を習う学校がナイロビにありまして、そこのゲストルームが空いているとのことで、三食つきで居候をすることになりました。(ここは、日本の代議士さんが創立、今は代替わりして二代目の日本人が運営しています)
当然 「キリマンジャロ登山」の手配をしなくてはなりません。
またゝゝ彼の人脈で、アフリカ旅行に強い日本の某旅行社のナイロビ出張所に直接手配ができました。
キリマンジャロはタンザニアにありますので、ナイロビからの移動手段を考えなくてはなりません。飛行機でモシの近くにあるキリマンジャロ国際空港に飛ぶのが手みじかでありますが、私達は陸路を選びました。
ナイロビからモンパサへ向かうメイン街道を進み、途中で右折してタンザニアとの国境の町ナマンガに進みます。
国境ゲートでタンザニアのビザは取得できます。
出国・入国手続きをすませてタンザニアのチャーター車に乗り換えます。
サバンナの中にある一本道をアリューシャに向かい、昼食後そこからキリマンジャロ登山の基地として有名なモシを経て、一般的な登山ルートとなっているマラング村へ・・・。

キリマンジャロへ登るためには、ライセンスを持ったガイドを同行しなくてはならない。
私達は4人で、ガイド(1)サブガイド(1)コック(1)ポーター(8)の構成でした。
朝 荷物を出しておくとポーターが次の山小屋まで運んでくれる。自分たちは、必要最低限のものをサブザックに詰め込んで出発。サブガイドが常時付き添ってくれた。
山小屋に着くと、管理人のところでチェックインをして、自分たちのバンガローのキーを受け取る。やがて、食堂ヒュッテに食事の用意がされている。
因みに、コック&ポーターは最終ハットであるキボ・ハットまででそれ以上には上がらない。
経費は、陸路の車代・マラング泊(カプリコーンH)・アルーシャ泊(インパラH)・アルーシャ&マラング昼食代・手配手数料等を含めて一人1670USDでした。
詳細は一人分で
入山料(60×6=360USD)
山小屋代(50×5=250USD)
保険代(20USD)
これはマンダラゲートにてチェックイン時に支払われる。
その他にガイドたちの人件費・食事代が含まれる。
その上に、相場としてガイド(10×6=60USD)サブガイド(7×6=42USD)コック(5×6=20USD)ポーター(5×6×8=240USD) のチップが隊として必要だ。

K . I 記


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