キリマンジャロの雪 2

 

2008年2月

メンバーは、A(71歳) B(69歳) C(67歳) 私(67歳)です。
私以外の三人はハイキング程度の経験しかない。
Aと私はアフリカ初めてです。
最高齢のAは事前に私の勧めで、ミウラベースキャンプにて低酸素トレーニングをしてきました。
まあ・・どう考えても登山隊ではありません。前期高齢者のアフリカ旅行です。
それでも、6000m近いキリマンジャロへ登る計画ですから、それぞれがトレーニングはしてきたのです。

私達が出発する直前の2007年12月にケニアの大統領選挙がありました。
二期目となるムワイ・キバキ氏(キクユ族)とライラ・オデンガ氏(ルオ族)の争いで、事前の予想ではオデンガ氏がリードしており、実際に開票の前段でもリードしていたようです。結果として、最後は逆転してキバキ氏が勝利しました。選挙に不正があったとの主張でライラ派からキバキ派の住民にむけて暴動がおきました。その仕返しで今度はキバキ派の暴力団組織が大量の殺戮を起こしたのです。
外務省は危険情報を出しておりましたが、ナイロビから直接情報をとると、現在市内は安定しているとのことでしたので予定通りに出発。
現地に到着してみると、特別な緊張状態は感じられませんでしたが、ガソリンスタンドやスーパーの窓ガラスが投石で割られていました。夕方になるとキベラ(ナイロビ市内にある大規模なスラム街)方面から沢山の武装警官を乗せたトラックが帰ってくる。表向きは何もない様相であるが、一触即発の危険は孕んでいるようだった?
そうゝゝ、キリマンジャロ登山から帰った時、日本大使館の公使より電話が入って、我々の今後のスケジュールを知らせてほしいとのことでした。
どうやら、在留日本人が大使館に集められて情報収集をしたようで、我々の情報もそこから入ったようです。JICAの海外青年協力隊も全員ナイロビに集められて、そのうちの80%は帰国させられたようでした。
そんな状況の中を我々はアフリカへ第一歩をしるしたのです。
とにかく、何が起こるかわからないので、早いうちにキリマンジャロへ登ろうということになりタンザニアへ陸路で出発しました。

サバンナを通る街道では、2mはありそうなアリ塚が林立しており、シマウマが道端の草を食んでいる。また、炎天下に人影が見えるとマサイ族が牛や羊を放牧しているところ・・。
やっぱりアフリカです。
キリマンジャロの登山口マラングゲートには、三角屋根のチェックイン・オフイスがあります。ここでは登山者が直接手続きをすることはできません。ガイドがすることになります。
ドイツ人のパーティと共に1時間近く待たされました。痺れを切らしてガイドに尋ねると所長が昼食に行ってしまったとのこと?
他の職員がしっかりと受付にいるのに・・。やっぱりワイロ社会であるアフリカでは責任者以外は現金に触れられないのだろうか?

登山道の入り口にある三角のゲートを潜ってスタート。
第一日目は、ジャングルの中をだらだらと進む。1時間程歩いた時雷が鳴りだして雨が降ってきた。いそいで雨具を着る。別ルートから登っているポーターさんパーティから昼食のサンドイッチを提供されたが、雨の中立ち食いですませる。
やがて傾斜がまして、見たことのない植物がでてくると、雨の中にボ~と第一日目の宿泊地マンダラ・ハットが見えた。預けた荷物もズブ濡れ。
第2日目 朝から曇天で今日も天候は怪しい。
灌木帯に変わった高原状を延々と進む。所々で登りは出てくるが、概ねはダラゝゝとした登山道を行く。
また、遠くで雷鳴が聞こえてきた。
6時間程の行程でホロンボ・ハットに到着。ここは入山・下山の人々が同時に使用するので大きな宿泊地となっていた。
今日は濡れる前に宿泊地に着くことができた。まもなく雨が降り出した。
第3日目 今日は高度純化日ときめていたので、マウエンジ峰に近いゼブラロックを一回り・・。名前の通り大きな岩場が白黒になっていました。
明日通るルートの一部を歩いてハットに帰還。午後はナイロビで買ったカップラーメンを食べてのんびりと休養。
夕方に大きな虹が出て明日の好天を祝ってくれた。
第4日~5日目 相変わらず高原状のルートを進む。眼前に大きなキボ峰が見えているがなかなか近づかない。
キボ・ハットは今までのバンガローとは違って、おおきな小屋が建っていました。大部屋の蚕棚で仮眠をとってから、23時30分にいよいよサミットへ出発。
暗い中をヘッドランプにたよって、ただモクゝゝと進むだけだ。
やがて、傾斜がましてガレ場が出てくる頃、皆の疲労と眠気が頂点に達した。
多分高度の影響も出ていたのだろうが、AとBが意識朦朧としてきて自覚がない。
大きな岩の所で休憩する。
二人の様子が心配になったが、なんとか励ましてギルマンズ・ポイントまで連れてゆく決心を固めた。
雲間から上がる朝日を背に受けてギルマンズ・ポイントへ登頂。
狭い岩のテラスには、他に10人程が休んでいた。
ここから火口を通ってウフル・ピークへ行くのだが、AとBには無理だ。
二人を残して行くことも考えられるが、それも心配である。
決心して、今回はここを登頂と決めた。
早く高度を下げたほうが体力を回復すると考えて、そこゝゝの休憩後下山を始めた。それぞれの残った体力に合わせてバラバラに下山する。
キボ・ハトで食事休憩をして、皆が集合するのを待とうと思っていたら、ガイドから早くホロンボ・ハットまで降りるように急かされたので、再び下山開始。
明るいうちになんとか全員が揃いました。
まあ・・疲れたこと。
第6日目 マラング・ゲートまで下山。登ってきたルートを忠実に辿るのであるが、疲れているので意外に長く感じる。あと30分のところでまた、雷雨にみまわれた。雨具を出したのであるが全身がびしょ濡れとなった。
今は乾季のはづではないのか?
皆で登頂証明書を貰えたのでよかった・よかった!
Bさんは帰国後、頑張った中高年として地元「岩手日日新聞」に記事が載りました。

K . I 記


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