カラコルム・トレッキング
プロローグ

 

2011年6月10~7月08日

参加者 : 1 名

あれは「東京雲稜会の創立60周年祝賀会」のパーティでY氏にお会いしたことがスタートです。
Y氏は「東京緑山岳会」に私が在籍していた時の先輩であり、ICIの元社長でもあります。
久しぶりにお会いして雑談に花がさきました。
その中で、カラコルムへ行かないか・・という話が出ました。
私は考える時間も置かずに、「是非参加させてください!」と即答していました。
思えば「東京緑山岳会」に在籍していた20代の頃、ヘルマンブールは私たちの英雄でした。
「ナンガー・パルバット」に単独で初登攀して一躍有名になり、その後「ブロード・ピーク」の初登攀もしました。残念なことに、その帰り道に「チョゴリザ」の雪庇の崩落にて33歳の生涯を閉じました。
彼の活躍をした「カラコルム」にあこがれていました。
山岳雑誌の名前を忘れてしまいましたが、我々が血気盛んの頃「バルトロ氷河」の入り口「パイユー」に近い「トランゴ岩峰群」の写真が掲載されました。
その中で一際精彩を放っていた「トランゴ・タワー」。
これを実際に見られると云うことだけでも、私にとって「カラコルム・トラッキング」に参加する意義がありました。
パーティ会場で、この計画をアレンジしている「長谷川昌美さん」を紹介されました。
彼女は「故長谷川恒男氏」の奥様です。
まだ具体的になっていないので、決まりましたら連絡を頂けると云うことで、名刺交換をしました。
しばらく時が流れて、若干心配になった頃Y氏から顔合わせのため集合の連絡が入った。
ICI神田本店1Fのティールームに出向くと、10名が集合していた。
Y氏の所属する「日本岳友会」のメンバーが5人。その中には「東京緑山岳会」で同期のA氏が参加していた。
何十年振りの再会である。
あの時は10代であったが、今は白髪のオジサンになっていた。
他にJECCのK氏グループが3名。
彼は我々が毎週一の倉沢に通っていた時、衝立岩ダイレクト・ルートを開拓していたのを記憶している。
そこに私めが1名。
そして、コーディネーターの長谷川昌美さん。
立派な「カラコルム・トレッキング」チームが出来上がっていた。
計画は2011年6月10日~7月8日の約1ヶ月の日程。
前半の2週間が「バルトロ氷河をK2のBCまで往復」。
後半の1週間が「フンザ滞在」となっていた。
フンザの「ウルタルBC」には長谷川恒男氏の墓がある。
墓参をかねてのトレッキングとなった。
ツアートレッキングでは無いので、長谷川さんが全ての手配をしてくれた。
感謝々々です・・・・・

【写真】 稜朋会HP ⇒ リンク ⇒ 稜朋会フォト・フォルダ ⇒ 磯部

K . I 記


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