カラコルム・トレッキング8
フンザ滞在(2011・7/1~3)

 

2011年6月10~7月08日

参加者 : 1 名

8)フンザ滞在(7/1~3)
フンザは町の名前ではない。
パキスタンの北西に位置し、フンザ渓谷一帯を総称しており、中心は「カリマバード」です。
近代まではフンザ藩王国として独立していたが、パキスタンに併合された。
北は中国、北西はアフガニスタンに国境が接しており、カラコルムハイウエーが中国へ抜けている。
ポプラが天高くそびえ、杏・桃・サクランボ等果物の木が沢山植えられていて、春には杏の花が満開となる。
青い空、高く聳える山々、ポプラの木、そして杏の花か咲き揃って美しい景色を作っている。
これが、「桃源郷」と言われる所以であろう。

フンザには二つの城がある。
アルチット城は岩山の上に聳えており、フンザ川対岸のナガール王国を睨んだ砦である。
もう一つのバルティット城はバルティスターンから嫁いだ王女が職人を連れてきて建てた城で、チベットラサのポタラ宮を思わせる作りとなっている。
その下にはバザールがあり、お土産店が並んでいる。
私はお土産にパキスタンハットを購入した。

フンザの山々と言えば、先ずフンザ渓谷へはいると圧倒的なボリュームで迫ってくるラカポシ(7788m)。
北杜夫著「白きたおやかな峰」で知られる真っ白な三角錐のディラン(7257m)。
そして、スパンティーク(7027m)・限りなく尖ったレディ・フィンガー(5965m)。
大トリは長谷川恒男氏が眠っている難峰ウルタル(7383m)である。

今回のカラコルムの旅、真の目的は長谷川恒男氏の墓参りであった。
カリマバードのホテルから見るとウルタルは二つのピークを持っており、その中間の懸垂氷河から深い谷がカリマバードへ伸びている。
その右岸岸壁に削られたルートがあり、そこを通ってカール上の台地に出る。
そこがウルタルのBCだ。
長谷川恒男氏とパートナーの二人は、台地を少し登った所に大理石の墓に眠っている。
前日、大歓迎をうけた「ハセガワ・メモリアル・パブリック・スクール」の先生や生徒と共に、受賞した「ピオレドールアジア 第一回アチーブメントアワード」の副賞である、ゴールデンアックス(金色のピッケル)を長谷川夫人が墓前に供え、全員で合掌。

アッパーフンザで2010年1月に山腹が地滑りを発生してフンザ川を堰き止め、天然のダムとなって湖(アッターバード湖)が作られた。その為にカラコルムハイウエーの一部が湖底に沈み、幾つかの村も移動したとの事。
我々はランクル2台に分乗してその現場を見に行った。
ものすごい量の土石が谷を埋めており、その向こうに青々とした湖が広がっていた。
みだりにこの天然ダムを工事すると、下流に土石流が襲う恐れが有って手がつけられないようだ。
それでもカラコルムハイウエーの物流は停まっておらず、天然ダムの麓には沢山のトラックが停まっており、そこからトラクターへ荷物を積み替えてダムサイトまで運び、再び水上はハシケに積み替えて運んでいた。
我々もダムサイトまでトラクターの合間を縫って行ったのですが、1台のランクルが砂塵を吸い込んで動けなくなってしまった。
偶然に空のジープが居合わせたのでそれをチャーターして我々はホテルに帰りついたが、運転手はどうしたのだろう・・・

【写真】 稜朋会HP ⇒ リンク ⇒ 稜朋会フォト・フォルダ ⇒ 磯部

K . I 記


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