カラコルム・トレッキング9
フンザ~ギルギット~イスラマバード~帰国(2011・7/4~8)

 

2011年6月10~7月08日

参加者 : 1 名

9)フンザ~ギルギット~イスラマバード~帰国(7/4~8)
永かったパキスタンのトレッキングもいよいよエンディングの期間となった。
先ずは国内線の関門が待っているので、ギルギットへ移動しなくてはならない。
それには再びあのカラコルムハイウエーの悪路の旅が始まる。
来た時のルートを逆に辿るのであるが、途中からはギルギット川の左岸に渡ることは無くカラコルムハイウエーを忠実に辿る。
だんだんと山岳地帯から下りて行くので、道路の状態はよくなってゆくが、それでもかなりのダート道が続く。
今日のドライバーはかなりのスピードで飛ばしたので、5時間ほどでギルギットに到着。
モーテルに収まってから町へ見学に出る。
シルクロードの宿場町なのでかなりの賑わいがある。
つい最近にこの町で宗派間の対立があって、空港が閉鎖されて日本のツアーが足止めされたニュースが流れた。
我々は写真を撮ることを注意された。
バザールは賑わっており楽しい。
私はテーブルクロスになりそうな大判のケープを購入。
それから、アラファトさんがいつも頭に巻いているターバンの巻き方を教わったので、白黒のチェック柄のケープも購入。
モーテルに帰ってから、鏡の前で巻いてみた。
まんざらでもない!!

ギルギット~イスラマバード間の国内線に搭乗予定の朝。
天候は無風快晴。
これで陸路を二日間かけて行かなくてすむ。
空港へ行くとものすごい人が集まっている。
警戒も厳重で、剥き出しの小銃をもった軍人が大勢いる。
空港内には入れない。
ガイドがチェックインに入るがなかなか出てこない。
かなりの時間鉄柵の外で警備の軍人に睨まれながら待つ。
漸く入構許可が出たので、荷物をまとめて空港内へ入る。
入ってしまえば後はのんびりしたもので、無事に飛行機の到着を待つのみ。
欠航で順番待ちをしている人々が大勢いて、外国人ツアー客が優先される。
我々のガイドは現地調達のチケットなので一緒に乗れなかった。
彼は午後の便を待って、乗れなかったら定期便のバスで24時間かけてイスラマバードまで来るそうだ。
実際、飛行機には乗れずに、翌々日の朝イスラマバードのホテルに現れた。
飛行は順調でナンガ・パルバットも良く見えた。
久しぶりの都会の晩餐は中華料理でした。
味が変わって美味しかった。
満腹!!

国内便に乗れたので、帰国までスケジュールが余った。
イスラマバードの市内観光へ・・。
10万人を収容できる巨大なモスク(サー・ファイザル・モスク)がある。
近代的な建築で、高い尖塔を有した体育館のようだ。
モスクの内部には入れなかったが、何処のモスクでも同じで内部は大きな空間になっていた。
このモスクはサウジアラビアから寄付されたとの事。
その後、先輩たちがカラコルム遠征の時には必ず立ち寄った旧都ラワルピンディへ。
町全体が最盛期のアメ横のような所。
ものすごい人々!!
そしてあのパキスタン特有のデコレーションを施したタクシーの大群。
交じり合った匂い!!
オールドデリーで初めて経験した同じ喧騒がそこに有った。

今日はガイドとも合流できたので、少々遠出をして巨大な岩塩採掘抗(ケウラ岩塩抗)を見学に行く。
入り口からトロッコに乗って構内深く入って行く。
今では観光用になっていて専属ガイド付き。
実際に掘っている坑道は別になっているようだ?
山野井夫妻の話では、見学の後坑内に転がっている岩塩の塊を貰っても問題ないと言っていたが、塊は転がっていなかった。
観光地化しているので帰り道にはお土産屋が並ぶ。
岩塩を置物に加工してあるものが主だが、加工前の塊を要求すると店の奥から持ってきた。
皆でそこそこの物を購入する。
バスに乗って帰路に着く途中で貨物駅の踏切を渡る時、ホームに山積みにされた岩塩が見えた。
山野井夫妻の話を聞いていたので、少々いただいても良かろうとバスを止めて幾つかの塊を失礼した。
無人だったので、心の中で御礼を言いつつ・・・。
夜は焼肉を中心とした大きなレストランでさよならパティ!
シシカバブ-が美味しかったので鱈腹食べた。
レストランを出て、サーティワンのアイスクリーム店が有り皆で入った。
その夜、大変だったのです・・。
スカルドの時と同じく下痢!下痢!。
翌日の仏教遺跡への見学はキャンセル!
ベッドの上でモンモンとしていました。

帰国便の機内も絶食で成田へ帰国しました。

【写真】 稜朋会HP ⇒ リンク ⇒ 稜朋会フォト・フォルダ ⇒ 磯部

K . I 記


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