奥穂高岳~西穂高岳 岩稜縦走

 

2011年9月6~7日

参加者 : 3 名

3年越しの穂高連峰縦走を平日に行た。
2つの台風が一週間まえから日本列島をめがけて近づいおり、この台風通過後を狙い準備。
2日間の日程で考えていたので、参加者は日程調整に苦労があったと推察する。
奥穂高から西穂高への稜線縦走は天候が悪化すると訓練されている岳人でも苦戦を強いられるので、連日地元の週間天気予報と天気図の読図を続けた。
今回の台風は近畿地方に大雨を降らせ、岐阜飛騨地方にも大雨警報が出された。
白出沢経由のルートの増水にも神経を使った。
台風が思った以上に偏西風に乗らずスピードが上がらない為、目的地の雨量が増える事が予想でき、アプローチになる重太郎橋の通過が可能なのか予測できなかった。
日本海に台風が入り、出発日の2~3日前の地元新穂高の天気予報に晴れマークか付き始めたので、当初9月4日日曜日の出発日を1日ずらして9月5日月曜日夜と決定し参加者に連絡をとり了解を得られたので準備にかかる。
場合によっては涸沢経由で穂高山荘に入る予定であったが、前日穂高山荘に直接電話をして雨の状況を確認すると山では豪雨にはなっていないとのこと。
重太郎橋が流されたという連絡も麓から入っていないことを確認。
更にロープウェーの駅に連絡し道路のがけ崩れの連絡も入っていないとの確認もした。
ロープウェーは正規の時間で運行しているとの情報を得て、当初計画通りの白出沢経由から穂高山荘に向かうことを参加者に連絡する。
出発前の一週間、天気予報の確認に一番苦労していよいよ実施日となった。

8月5日(月)

夜9時30分に新宿駅西口スバルビル前を車で出発。
中央高速に乗る。
午前12時過ぎに松本インターを抜け、午前1時30分頃沢渡バス駐車場に到着。
朝5時まで仮眠する。
沢渡の夜は満天の星空。
シュラフカバーだけでは寒くて寝られない。
着の身着のままだと殆んど寝られないようだ・・

9月6日(火) 天気 霧雨後晴れ

仮眠後5時に新穂高温泉に向かう。
1時間弱で深山荘前の無料駐車場に到着。
平日なのにすでに満車状態。
荷物を分けて午前6時前出発。
沢渡では満天の星だったのがトンネルを抜け岐阜側に入ったら朝から霧雨状態。
雨具を着けるほどでは無いと3人は雨具無しで歩き出す。
1ヶ月前の笠が岳合宿では荷が重く、初日は身体への負担が相当であったが、今回は小屋泊りなのでルンルンである。
ロープウェー前より蒲田川右俣へ入り、1時間で穂高牧場を通過し休まず奥穂高登山口へ2時間で到着。
トイレがありここで小休止。
これから5時間(マップタイムは7時間)の急登の心の準備をする。
午前8時10分いよいよ登山開始。
穂高山荘従業員の登下山に使用している道だけあって白出沢まではよく整備されている。
天気は相変わらず霧雨状態。
入山者はいないと思っていたら、前後に3パーティおり以外であった。
1時間で重太郎橋に到着。
しっかりと木材の橋が岩に番線で縛りつけてあり流されてはいなかった。
2mくらいの長さの橋を渡ると正面岩壁に2段10mの梯子が取り付けられていた。
濡れて滑りやすいが、今まで涸沢経由で全ての穂高岳山行が行われていたが、新穂高からの新鮮さと荒々しさが気持ちを高ぶらせてくれる。
沢通しなので勾配はあるが変化があり、疲れを感じさせない。
登山口から2時間で岩場に残る荷継ぎ小屋跡に到着。
霧雨があがり、ガスの中を登行するようになる。
小屋跡から3時間。
このコースの核心部である白出沢のガラ場登行になる。
始めは鉱石沢のガラ場を登り、途中でガラ場をトラバースして白出沢に入る。
登っていると岩が大きいので勾配を感じないが、止まって下を振り向くとキツイ登りであることが解る。
6月迄の残雪期はスリップ出来ない場所である。
ガスの中を抜けると背面に1か月前に登った笠ヶ岳が見えた。
3人で感動のこのコースのハイライトである。
上を見上げると青空の中に穂高小屋が見える。
記録を読んでいても中々着かないと書いてあったが実感した。
本当に遠いのか、そうではなくて勾配がきつくて足が上がらない為なのか、距離が稼げないのである。
それでもガラ場に入って3時間でどうにか午後1時すぎ穂高小屋に着いた。
午後3時頃の到着予定が2時間早く到着した。
天気は快晴となり午後の穂高小屋前は晩夏の日差しである。
泊まりの手続きをして部屋に入ると、平日という事で布団1枚は使用できる。
部屋の中は昼過ぎというのに寒すぎてビールを飲む雰囲気ではなく、小屋の外のテーブルで初日の慰労会を行う。
この時間帯は涸沢から登ってくる登山者も少なく、皆がのんびりしたムードで駄弁っている。
午後3時を過ぎると各方面からの到着者が増えてきた。
食事は午後5時から、平日だというのに2回転だ。
さすが天下の穂高小屋、平日でも食堂が満席になってしまう。
週末やハイシーズンは想像を絶する宿泊者になることと思う。
明日は午前4時30分出発のため弁当を受け取り早めの就寝。

9月7日(水)  天気 快晴

午前3時45分ふとんから起きだし出発準備をする。
外は満点の星空。
小屋の前は飛騨側からの風が当たらないので寒くは無い。
しかし行動してから苦戦する・・
午前4時30分、ヘッドランプをつけて小屋を後にする。
奥穂高の山頂まで40分。
登り始めてすぐの鎖場から飛騨側より風が猛烈に吹いて体温を奪う。
手袋をしていても夏用なので凍えて感覚がなくなる。
穂高小屋付近では5度前後であるから風の通り道では体感的には氷点下になっているかも・・
夜明け前に山頂に付き寒さに耐えられず各自防寒着を着用する。
午前5時30分、ジャンダルムに陽が当たりルートが明確になったので西穂高に向けて縦走を開始する。
平日で時間も早いので西穂へ向かう登山者は数えるくらい。
途中順番待ちが無いと予想した。
馬の背のナイフリッジは飛騨側からの風に神経を使いながら緊張感を楽しむ。
続いてロバの耳からジャンダルムへの岩稜帯の下り。
ルートがあって無いのと同じ。
浮石に注意して登攀の基本である3点確保を励行して楽しく岩場を下る。
1時間でジャンダルムの基部に到着。
信州側の岩壁をトラバースしてジャンダルムの西穂側基部にまわる。
ここから10分で3163mジャンダルム山頂。
奥穂高岳からの景色とはまた一味違う趣である。
寒いのですぐに下山して、天狗の頭に向けて下降。
一般ルートとは一味違う岩稜帯・・
ガレとザレの連続で落石に神経を尖らせる。
剣岳北方稜線は部分的にはロープが欲しいと感じる所があるが、この穂高の稜線はロープが欲しいところは鎖がある。
しかし、鎖場以外で神経を使うので時間の経過が早い。
1時間20分で天狗のコル避難小屋跡に到着。
休まず天狗の頭に向かう。
このあたりは短いナイフリッジが何度も出てくる場所で、飛騨側の風がやまず腰を落として飛ばされないように通過する。
途中天狗の頭への登りは岩壁があったり、鎖場があったりで天気が悪いと苦戦する領域である。
午前8時30分過ぎに天狗の頭に到着し小休止。
ここから逆層スラブの下りがある。
順番待ちはないし、天気も良く逆層のスラブは乾いているのでフリクションが効いて快適に下れる。
あっという間に終える。
ここから見上げる間ノ岳へは浮石が多いので注意を要する所だ。
このあたりから西穂高小屋を朝出てきた登山者とすれ違いが始まる。
岩稜なので声を掛け合って待つようになる。
間ノ岳山頂までは鎖場が何箇所かあるが不安は無い。
岩に書かれた間ノ岳山頂の印。
見落としてしまうような目印である。
山頂からはゴールの西穂高が目の前に見える。
だからといってまだ1時間以上はかかる。
間ノ岳の下りのガラ場が浮石だらけで神経を使う。
西穂高からの登山者が多い時間帯なので上り下りに落石に注意をする。
落石帯を通過すると最後のP1を抜け午前10時30分、西穂高岳山頂2909mに到着。
奥穂高岳から5時間で抜けられた。
穂高小屋を出るときはN氏が足のくるぶしの腱に激痛が走り一歩踏み出すだけでも痛みがあって歩けなかった。
一時下山も考えたが精神的強さで我慢をして西穂高まで同行する意思表示をした。
その気持ちに内心感謝。
何処かで初日に曲げた訳でもなく、持病でもなく?
本人が一番辛かったのでは・・・
西穂高岳で大休止後、西穂高山荘まで2時間。
ノンストップで小屋へ。
平日なのにハイカーさんの多いのは意外な感じだった。
午後12時30分西穂高山荘に到着。
計画書通りの通過時間に余裕が出る。
ここからロープウエー駅まで1時間弱なのでN氏の足をクールダウンする。
小休止後、今回の岩稜の山行は最終章を迎える。
午後12時45分出発。
のんびり歩いて午後1時30分に駅に到着。
1時45分発のロープウェーに乗り9時間の行動に終止符が打たれた。
70歳を越えたI代表のがんばり、足の激痛に耐えて最後まで遅れることなく行動をともにしたN氏のがんばり、感謝に耐えない行動であった。
駐車場に午後2時30分に到着し整理する荷物も無いのですぐに車を走らせ、眠気が出るまでに出来るだけ走って諏訪パーキングエリアで温泉に入る。
ドライバー交代をしながら渋滞も無く、午後8時に新宿に到着した。

Y .  F 記


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