夏山合宿 槍・穂高縦走

 

2013年8月10~12日

参加者 : 7 名

槍ヶ岳に登ったことの無い新人会員、20年ぶりのキレット通過の現役会員等、それぞれの思いは違うが、久しぶりの夏山槍ヶ岳・穂高岳である。
バリエーションルートの北鎌尾根を登っていたが、今回は小屋泊の縦走。
当初はテント泊縦走も考えたが、山慣れないメンバーが入っての7人で、安全を最優先にして軽量化を図った。
槍ヶ岳山荘泊、穂高岳山荘泊にて岳沢経由で上高地に下山の予定であったが、高山病、疲労、北穂高直前での単独登山者の転落死亡事故に遭遇などで、パーティの安全に配慮して行動計画を変更した。
結果的に、北穂高から涸沢に下りて泊まり、上高地に下山となった。
新人会員が初めてキレット通過を無事に終えようとした目前で、前を行く単独行動者のスリップ、転落そして行方不明。
パニックになったが落ち着いた頃、山の怖さを感じた出来事であった。
1時間後にヘリコプターでピックアップされたが、後で死亡が確認された。
52歳の働き盛りの男性であった。

8月9日(金)晴
夜10時に新宿スバルビル前に7人全員が揃い、若干混雑の首都高速を一路松本インターに向かう。
ドライバー交代をしながら夜中の2時半に沢渡に到着し、いつもの日帰り温泉のある駐車場に止めて、テントを張り仮眠する。

8月10日(土)晴
午前5時に起き、荷物の整理を終えてタクシー2台に分乗して上高地に6時前に到着。
食事をして午前6時15分に上高地をスタートする。
今日は槍ヶ岳山荘まで9時間のアルバイト。
出来れば夕食前に山頂を往復してしまいたい。
新人女性がいるのでガイドブック時間で歩くことを考慮する。
横尾に予定通り3時間弱で到着。
涸沢方面と槍沢方面に登山者が二分され、我々は槍沢へ向かう。
槍沢ロッジに10時半過ぎに到着。
此処で水を補給しババ平経由で槍沢に入る。
ここから槍ヶ岳山荘まで4時間~5時間の道のり。
急登ではないが日射が強く苦労する。
小さな雪渓を通り天狗原からグリーンバンドに入り、槍ヶ岳本峰が見えた。
このあたりから2ヶ月ほど山から離れていたNoが遅れる。
後から追うという事でNaがサポートに着き、先行隊5名と後続隊2名に分かれる。
殺生ヒュッテが見えてから、新人のSが緊張と寝不足からか遅れぎみとなるが、殺生ヒュッテで休み、肩の小屋に午後4時前に到着した。
小屋の手続きをしていると、後続隊が30分後に到着する。
高山病になりやすいAiは若干兆候が出ているが山頂には行くと、Siは気分がすぐれず小屋で食事時間まで休息したいと言っている。
午後5時に混んでいた槍ヶ岳山頂へのアプローチが空いてきたので6人で向かう。
登りは混まずに30分で登頂。
槍の穂先に登るのが初めてのAiは感激。
天気も良く、5月に登った時は雪だったNaは今回は余裕がある。
丁度北鎌尾根から登ってきたパーティに会い、記念写真を撮ってもらい下山する。
午後6時に小屋にもどり、午後6時30分からの食事前に祝盃を上げる。
小屋は土曜日ということで混んではいたが、布団1枚に3人ということは無かった。
Siが高山病なのか食事を殆ど食べられず、明日の行動を心配する。
高山病を心配していたAiは思ったより元気で、消灯までの時間にハーネスの着け方やスリングの使い方のレクチャーを受けた。
午後8時過ぎに寝不足と疲れで眠りに入る。
夜中の12時前にAiの体調に変化があり、吐き気をもよおして隣に寝ていたSiが対応に起きてきた。
それから直ぐ嘔吐した。
落ち着いてからウトウトして起床時間を待つ。

8月11日(日)ガス後快晴
午前3時起床。
Aiは落ち着いている。
真っ暗の中、小屋の外を見に行く。
猛烈な風が吹き、ガスっている。
気温は10度。
この状態ではキレット通過は出来ないと思いつつ、陽が登ればガスも取れ風も弱くなると天気図で感じていた。
先ずは3つの事を決めなければならない。
高山病のAiをどうするか・・。
疲労と高山病ぎみのSiは大丈夫か・・・
疲労で遅れたNoは・・・・。
Aiは2000m迄降りれば直ぐに回復するのは判っている。
本人は1人で下れるとの事で、その後の合流場所を話し会い、涸沢に行ったことが無いとの事なので涸沢ヒュッテで合流することにした。
涸沢ヒュッテは標高2300mあるが槍ヶ岳で高度順応しているので心配はしていなかった。
予定では穂高岳山荘泊を涸沢ヒュッテ泊に変更。
Siは一眠りして疲れが取れたのか、高山病の兆候は薄れAiとは対照的に元気になり、本人も槍の山頂に登れなかったのでキレットを通過して、北穂高岳に登りたいとの意思表示が有り了解した。
最後にNoは、足は痛いがキレット通過が数十年ぶりなので、なんとかキレット通過に着いて行くと言っている。
30分近く話し合い、3人の方向が決ったので午前4時40分朝食の弁当を途中で取ることにし薄明るくなった槍ヶ岳山荘を後にする。
上下の雨具を着て寒さはしのげる。
大喰岳の登りにかかり風も弱くなる。
30分強で山頂へ。
5月は大喰岳西尾根を詰めて稜線に立ったが、降雪の為直接飛騨乗越へ向かった。
今回は時折、ガスの切れ間に槍の穂先が見え隠れする。
全員写真を撮ろうと山頂で構えるがガスの流れが早くシャッターチャンスが無い。
先があるので諦めて中岳に向かう。
身体が温まり天候も予想通り快晴に変わる。
風も無く今日のキレット通過を楽しみにする。
前日体調不良だった2人も北アルプスの絶景に応援されて快調に歩きホッとする。
途中で朝食をとりながら、槍の絶景を思い思い写真に収める。
3時間掛けて午前8時30分南岳小屋に到着。
大休止して、新人にハーネスの装着を説明する。
キレットに向かう人は予想外に少ない。
順番待ちが無くて必要に応じてロープが出せると思った。
午前9時にキレットに向かう。
直ぐ300mの下降が始まる。
コルまで鎖と梯子に導かれ落石に注意しながら一気に下る。
下降点から長谷川ピークまで一般の岩稜縦走路。
快適そのものである。
2時間経過して、キレットのコルで大休止。
ここは横尾本谷左俣を詰め上がった場所である。
長谷川ピークに向かってここより登り出す。
岩が乾いているので不安は無い。
ナイフリッジあり、鎖場ありだがロープを出すほどでは無い。
今までハイキングしか経験の無い新人の人にはどのように感じているのだろうか。
男性陣は快調、先週に続き連チャンで槍に来たHaはキレットを楽しみにしていただけあって快調である。
長谷川ピークを抜け飛騨側に下降が変わる一か所がホールドにする岩が緩んでいて、万が一を想定して残地ハーケンにお助け紐を装着。
NoがロープビレーしてSiが通過する。
此処を抜けると飛騨泣きまで悪場は無く、ただ北穂高の荒々しい滝谷の岩場が目の前に聳え立っている。
こんな所を登れるのかと思う場所である。
実際には岩場の弱点を拾いながら鎖と梯子が着いている。
途中の飛騨泣きは人工のステップが付き、10数年前には無かった人工物である。
天気が良くて全てが乾いている事は安心である。
北穂高小屋まで30分位の鎖も梯子も無い地点で大事故に遭遇してしまった。
Fの前10m上部を登っていた単独の登山者(埼玉県朝霞 52歳男性)がザレた岩場で足を滑らせ、浅いルンゼを落ちてきた。
ザックの重みで転がり加速する。
50m位下で一度止まった。
大声で「動くな!」と声を掛けるが反応が無い。
携帯で110番に連絡。
電話交換の女性が山の位置が理解できず、松本警察に転送されるが回答は無い。
Fが電話でやり取りしている間に、滑落者は起き上がったが再びバランスを崩して天狗原の谷に落ちて行った所をNoが見ていたようだ。
再び携帯で110に連絡。
今度は松本警察につながり状況を説明、救助のヘリコプターを要請すると同時に警察より現場に待機するようにとお願いされる。
一度電話を切り、現場待機をしていると下から大阪蛍雪山岳会のパーティが登って来たので状況を説明し、稜朋会が警察対応、蛍雪山岳会の会長Mリーダー氏が少し降りて様子を見るが転落者を視認することが出来ないと声が掛かる。
転落者のものと思われるウエストポーチを回収しFに渡される。
鏡平小屋に泊まった名札があり、後の警察の身元判明に役立った。
ヘリコプターは40分程が経過したが飛んでこない。
蛍雪山岳会は穂高岳山荘まで行くとの事で別れ、稜朋会が現場待機を継続する。
1時間後、涸沢の警備隊が北穂高小屋経由で急行してきた。
パトロール中に連絡を受けたとの事。
事故の経緯とウエストポーチの説明をして、当会の行動は涸沢ヒュッテ泊の旨を伝え別れた。
再び登り始め数分後に滑落した場所を通過、【どうしてここでスリップを】との場所である。
山は鎖場や梯子のあるところでは神経を使うが緊張感から一瞬開放される場所で事故が起きる。
北穂高小屋に予定より1時間遅れの午後2時前に到着する。
全員でキレット通過の握手をする。
キレット方面はガスが出始めて、リコプターのローター音だけが聞こえる。
相当遅れての到着。
ガスが切れず、現場に近寄れず旋回を繰り返して、ガスの切れ間に転落者の場所を確認したらしく、その後上高地方面に遠ざかっていった。
北穂高小屋のテラスには蛍雪山岳会のメンバーが休憩しており、ヘリコプターの動きを見ていたとの話であった。
挨拶をして我々はハーネスを外し大休止する。
テラスからAiの携帯に連絡するが連絡が取れない。
そのうちAiから電話が入り、既に涸沢ヒュッテに到着しているとの事。
体調は良いとの連絡。
ヒュッテの公衆電話からだとつながることが判明した。
転落事故の対応を終え、Aiとの連絡も取れたので、涸沢への下山が始まる。
日没には間に合うが疲れた身体に北穂高の一般コース南稜はペースが上がらない。
転ぶと致命傷になる旨を伝え、慎重に下降するように指示。
3時間強かかって涸沢に到着する。
テント場に緑山岳会のテントがありNoとFで挨拶に行き、43期の会員が現在の会長でリーダーとして来ていた。
数分の会話で涸沢ヒュッテに向かい、途中Fが警備隊に挨拶に行き転落事故の調書を取られた。
対応にお礼を言われジュースをご馳走になる。
転落者は200m現場から落ちたらしく死亡が確認されたそうだ。
涸沢ヒュッテのテラスでAiと合流し7人全員の元気な顔が揃い握手で無事を祝った。
Aiの手配で個室同然の部屋を準備してくれて、当会のメンバーだけだった。
夕食まで時間があり日没までビールを飲み一日を振り返る。
夕食は全員完食で体調が良いことの裏付けになった。
夢に見た槍ヶ岳に前日登ったAiと槍ヶ岳には登れなかったがキレット通過というハードコースを乗り越えたSi、2週連続の槍ヶ岳にキレット通過と転落事故に遭遇して山の怖さを痛感したHa。
男性陣もそれぞれ感ずる事の多かった2日間。
口には出さないが亡くなった登山者に黙祷。
長い一日を終え、消灯時間の9時には皆眠りの世界に入った。
夜中12時頃目が覚め、外に出る。
満天の星空に天の川が綺麗に見える。
他のメンバーも入れ替わり外に出て、流れ星を見たとの事。
流れ星に願い事が出来るようなロマンは無かったようだ。

8月12日(月)快晴
朝 4時過ぎに起きる。
天気は無風快晴。
朝食は5時からということなのでモルゲンロートに焼ける涸沢槍の写真を撮ろうと待ち構える。
5時過ぎに朝焼けになり思い思い写真を撮り、合宿最終日も天気に恵まれた。
朝食後、有名な涸沢コーヒーを呑もうと提案があり、出発を6時とする。
大自然の氷河に削られた涸沢圏谷。
スポットライトのように朝陽が当たり引き立てのコーヒーが脇役になる。
贅沢な時間を感じながら、「穂高よさらば・・♪」である。
午前6時出発。
横尾橋で休みをとり、屏風岩のルート説明をしながら3時間弱で横尾に到着。
登山者が急に増え、上高地街道を3時間。
新人同士の会話に花が咲き盛り上がっている。
午後12時過ぎに上高地に到着した。
タクシーに乗り、沢渡の駐車場で荷物整理。
温泉に入って汗を流し着替えて街の人になる。

店の人によるとこの夏は遭難事故が多いとの事。
特に単独行の中高年が多いと聞いて身の引き締る思いであった。

午後2時過ぎに沢渡を後にして一路東京に向かう。
渋滞に出合うが午後6時過ぎに新宿に到着、合宿を終える。

Y .F  記


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