残雪の会津駒ケ岳

 

2014年5月24~25日

参加者 : 13 名

2011年3月に未曾有の東日本大震災が起きた。
その4月、計画山行が会津駒ケ岳だった。
今でも思いだすが道路が寸断され、ガソリンがタイトになり、往復のインフラを調べるのに係りとして現地に電話をして調べまくった。
南会津は福島の中でも被害が小さく、桧枝岐の村までは車の燃料補給を除けば行けない事はなかった。
しかし、その他の地域では津波で多くの市民がまだ行方不明であり、原発被害の避難で市民生活が混乱を帰していた。
その混乱の中で、趣味で被災地の山へ行くのは節操が無いと感じ、会津駒ケ岳を延期として、他の山域に替えた縁の深い山である。
昨年、桧枝岐を訪問し燧ケ岳に登り温泉と地元の民宿の食事を堪能した。
参加できなかった会員に桧枝岐村民の人情味ある『お・も・て・な・し』を味わって頂けるように今年の年間計画に入れた。
旅館や山小屋に泊まった経験者は多いが、意外に民宿に泊まったことの無い会員がいる。
民宿泊がどこでも今回のように大きな内湯と露天風呂のあるような共同風呂に無料で入れるとは限らない。
其の土地柄に特徴がある。
今回は【燧の湯】に皆が喜ばれたと思う。
食事は地元の山菜料理を筆頭に13点以上が出され、旅館とは一味も二味も違う味覚であった。
旅館の洗練された料理も旅の思い出の1ページを飾るが、現地に密着した山の食材は都会でも山菜そばとかの名称で味わうことが出来るが、サンショウウオの天ぷら、そば粉ともち米を練った【はっとう】は桧枝岐でしか味わう事が出来ない食材である。
夜は小川が雪解け水で勢いよく流れ、都会の車の雑音に耳慣れた身体に、水の音がやさしく眠りを誘ってくれたことだろう。
こんな山行が年に一度あっても「良いのかな~」と思う。

5月23日(金)
夜11時に武蔵浦和駅に3台の車が揃い、13名が分散して一路西那須野塩原インターに向う。
午前2時前にインターを抜け、近くの道の駅でテントを建て仮眠。

5月24日(土)  晴
午前4時30分起床。
ミルクティを飲のでからテントを撤収。
90km先の桧枝岐に2時間強かけて出発。
信号の殆ど無い道を爽やかな新緑の風を受けながら車は快走する。
午前7時前に桧枝岐村の会津駒ケ岳登山口に到着。
先週までは落石防止ネットに雪崩が流れ込み通行止めになっていた林道。
国道入り口にある登山口トイレ前の駐車場は満車。
林道はゲート止めになっていないので、『もしかすると?』の淡い期待をもって車は登って行く。5分ぐらいで大きな駐車場があり車が10台以上止まっていた。
ここが車での終了点。
荷物を整理し缶ビールを冷やす為の雪が目の前にあるので雪を取りに行く。
午前7時30分スタート
先ずは駐車場前で地図とコンパスの使い方 そして地図による進む方向の見分け方をレクチャーする。
地図とコンパスは山へ行くときの大事な装備品になっているが、使い方の知らない登山者が多い。しかし、山の中、谷の中、視界の効かない場所では知識があっても現在位置が判らないと進むべき方向は測定できないのがコンパスである。
そんな机上の理論が山の中に入るとどのようになるか、各自に認識してもらう。
滝沢登山口より数分の所にある木の階段から登り始める。
急勾配の道を1時間歩くと雪か出始める。
燧ケ岳が左手に見え始め、足元の雪が本格的になりアイゼンを着けるように指示する。
見通しの良い場所で再び地図とコンパスの使い方をレクチャー。
目標物を見て、実際に地図で測定した方向と合っているか確認し学習効果を試す。
少しレベルを上げて、見通しの良い場所で現在位置の測定方法もレクチャー。
見通しが良ければ少なくとも一般道を歩いている限り、道迷いは無いと説明、見通しが悪くなれば元々コンパスは使えない。
このように実践にそった地図とコンパスの使い方を学べば頭の中は混乱しないし、時間の遅延にはならない。
山の中で地図を使うような場合はどの地点で方向を見失ったかを考え、元の場所に戻る事を励行することである。
それとロープ等の装備が無い場合は谷には下りないことである。
スタートして4時間で駒の小屋が見え、右手に山頂が見えた。
駒の小屋で行動食を摂り、10分強雪面を登ると会津駒ケ岳2132m山頂に到着。
360度の景色に地図を広げ山の名前を見出す。
今までには無かった山頂での様相である。
地図とコンパスに関心が深まり、山岳会に在籍している存在価値を見出してくれたと思う。
日本百名山に一つの足跡を残し一気に温泉まで下山。
今年のゴールデンウィーク5/4にはこの会津駒ケ岳で2件の滑落があり、2度ヘリコプターが出動している。
いづれも下山時に中高年登山者が雪面を滑落して動きが取れなくなったとの事である。
アイゼンを着けていれば事故は防げたので、他人事では無い。
下りは3時間弱で駐車場に到着。
午後2時前に到着し直ぐに宿に向う。
車で5分民宿【舟枝館】に到着。
宿は当会で貸切となり、5部屋を全部使用させてくれた。
宿に有る6枚の共同浴場無料のカードを持って、女性陣が先に「燧の湯」へ。
入れ替わりに男性陣が入り、夕方5時には全員揃い夕食前の懇親会を行う。
ロープワークのATCによるビレー方法の再確認と夏合宿の剣岳【源次郎尾根】への期待と不安の意見交換。
来年は剣岳【北方稜線】の縦走が出来るかも・・。
この1年の山行でレベルが上がってほしい。
これから、山に慣れてくると事故、怪我が多くなるので注意をしなければならない。
6時からの夕食は、前文にも記した通りで桧枝岐の料理に皆満足する。
夜行での寝不足で午後8時に床に入る。

5月25日(日)  曇り
朝5時起床。
全員が目覚めは良かったようである。
民宿の主にお願いし、朝5時15分に朝食の準備が出来た。
我々だけの宿泊なので快く引き受けてくれた主に感謝。
朝食も山菜尽くしで胃にやさしく米も味が良いと多くがお代わりをしていた。
朝5時50分に民宿を後にする。
2時間でインターに入り、空いている高速を順調に走り、午前10時過ぎに浦和駅に到着。
解散する。
横浜組みも予定通り午前中には到着したとの連絡であった。

参加会員には思い出の1ページになった南会津の山行。
後日、楽しかったとのメールが届き、係りとしてホッとした。

Y ・ F  記


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