錦秋の黒部下の廊下

 

2014年10月11~12日

参加者 : 12 名

黒部ダムの大工事に関わる数々の悲話が黒部川源流に流れている。
山行前に、ダム工事に関係する本を読んでみた。
峡谷に作業道を作り、トンネルを掘削。
作業道を作るだけで何百人もの人命を飲み込んだ黒部川。
トンネル工事では、高熱隧道で多くの外国人が駆り出された。
ここでも多くの人命が奪われた。
難工事となった貫通の模様は小説化された事でも有名である。
史実を知ると他の登山とは違う感銘を受けての山行となった。
下の廊下の前半部(旧日電歩道)で1週間前に埼玉県の40代後半の登山者が桟道から滑落して、未だに発見されていない。
気の抜けない山道である。
だが道幅が狭い、黒部川まで深い谷となっている事で慎重になり、事故が案外少ないのである。
今回は大型台風が九州近くまで接近し、間接的影響で日曜日以降雨が予想された。
しかし、土曜日は間違いなく晴れると確信した。
仮に日曜日が雨でも、阿曽原温泉から欅平まで4回歩いており、雨でも心配ないと考え実施した。
結果は2日間天候に恵まれ錦秋の山旅となった。
初めて黒部川遡行をした会員は、それなりに感じるものが有ったと思う。

10月10日(金) 晴
夜10時に新宿スバルビル前に2台の車が合流し定刻にスタート。
高速は渋滞も無く深夜3時過ぎに信濃大町駅前に到着。
近くのJAの駐車場に移動したから、朝の4時半まで仮眠。

10月11日(土) 快晴
午前5時にタクシーを予約してあるので4時30分に起き大町駅前に移動する。
既にタクシーが3台来ており、共同装備を振り分け3台に分乗。
車を再度JAの駐車場に移動したから扇沢に向う。
30分で到着し臨時の6時30分のトロリーバスに乗り込む。
連休と好天予報で4台のトロリーバスは大変な混雑。
15分で黒部ダムサイトに到着。
一般登山客、観光客がダムの方に向うのとは別方向に、バスの進行方法へ50m進むとダムの下へ降りる出口がある。
午前7時準備を整え、ダム下へ歩き始める。
予想以上の混み方で、旧日電歩道が開通して10日足らずのこの連休に集中した模様。
紅葉もダム周辺の1200m付近は盛り。
ここから阿曽原温泉まで18kmを8時間掛けて標高差で300mを下る。
歩き始めて1時間経過すると峡谷らしくなり、いよいよ旧日電歩道を歩き出した感じになる。
谷は深くなり川底から山道まで50mを越えるようになる。
道は50cm幅、登山道であれば気にならないが谷底が下に深く見えるとどうしても左手横にある手摺用ワイヤーを掴むようになる。
3時間経過すると内蔵助谷分岐に着く。
黒部峡谷はここから更にⅤ字峡が深くなり、時折木組の桟道が出て来たり、雪崩で決壊した場所を木製の梯子で大きく高巻く。
ちょっとしたアスレチック感覚で面白い。
雨上がりで濡れていると谷底が真下に見えるだけに緊張させられる。
黒部川の水の色が光の屈折で色々な顔を見せてくれる。
紅葉と好天で歩いていても飽きがこない。
程々の緊張を絶えずしていなければならないのが良い。
ただ峡谷に落ちたら怪我では済まず、行方不明になるのは必至であろう。
ダムから歩き始めて5時間30分で十字峡に到着。
有名な幻の大滝がある剣沢と棒小屋沢と黒部川の交差する場所である。
剣沢に掛かるつり橋を渡り再び、黒部川を下流に向って進む。
1週間前行方不明になった男性は、この先の木道から滑落したようだ。
狭い山道の峡谷歩きに飽きが出てくる。
一番注意を要する時間帯である。
十字峡から2時間経過し、ダムから7時間以上経過。
寝不足と疲れとトイレタイムと3重苦。
発電所の関連建物が見え、200mを一気に下ると仙人ダムに到着。
ここでトイレを借り残り1時間強。
施設の中を通り抜ける際に高熱隧道の一部を通る。
温度が高くなり、湿気と硫黄の臭いが当時の過酷さを体感させる。
いよいよ阿曽原温泉に向けて30分登り返す。
山腹をトラバース気味に進むと、下の方に黄色のテント村を見つけ阿曽原温泉小屋まで其処から10分強で到着。
午後4時30分に本日の幕営地に着いた。
テント場所は満杯。
露天風呂近くまで埋まっており、小屋の主の計らいで小屋の真下のコンクリート上に張ることが出来た。
トイレも水場も小屋で使用できて最高の場所になった。
テントを張り、女性陣の露天風呂の時間が5時半からと言うことで、其れまでに夕食の準備。
男性陣はまったりする。
女性陣が真っ暗な天然の露天風呂に満喫して戻り、宴会が星空の下で行われる。
他のテント場から離れているので大声で笑っても気兼ねが無い。
満天の星の下で、風呂に入り、アルコールが入り、無事に歩いてきた満足感に酔い、女性陣の料理にこれまた満足。
合宿の一番楽しい一時である。
夜7時30分過ぎに混浴時間となり、男性陣が風呂に入る。
別のパーテイの若い女性が入ってきて、真っ暗とは言え秘湯の恩恵であろう。
風呂から戻り、談話をしてから午後9時に就寝。
zzz・・・・・

10月12日(日) 快晴
午前2時50分起床。
朝食を終えテント撤収しヘッドランプを灯して午前5時出発。
欅平のトロッコ列車に予約無しで乗るには午前11時までに着かなければならない。
通常5時間掛かるから、途中あまりのんびりは出来ない。
といって今日は下の廊下水平歩道部分。
昨日と同様、黒部川を更に下流に向うので早く歩くことは出来ない。
歩行時間を守らなければならない。
水平歩道は旧日電歩道に比べて山道部分が多い。
其の分緊張は少ない。
阿曽原温泉の秘湯まで観光客も来る分、峡谷部分も道が広いような気がする?
昨日と違って、一晩寝て身体が慣れたのでペースも順調。
5時間強の午前10時15分に水平歩道の終点、欅平駅に到着する。
記念写真を撮り10時40分の黒部峡谷列車に乗車。
1時間20分のトロッコ列車の旅人になる。
宇奈月温泉駅から更に富山地鉄で新魚津へ。
ここで今日中に新幹線で帰る4名と別れ、糸魚川駅まで北陸線の旅は続く。
糸魚川からは単線のジーゼルカーで大糸線で南小谷まで、そして最後は電化された信濃大町駅まで。
秋の列車のローカルな小さな旅は大町で午後5時15分に終る。

台風の接近もあるので今夜中に東京まで帰ることにして、午後6時前に安曇野インターに向う。
途中事故渋滞にはまるが迂回して大きな遅れもなく7時前に高速に入る。
中央高速は既に渋滞であったので予定通り長野経由で都心に向う。
午後11時前に新宿駅に到着。
山行を終えた。

Y ・ F  記

Suさんの感想

山は最高です
この時期にしか歩く事が出来ない「下の廊下」を満喫する事が出来ました。
この度の山行は「山の頂」を目指す通常の山行とは違い、川沿いを歩くので勝手が違う趣で良かったです。
黒部川のせせらぎ、滝の音、水が奏でるハーモニーとても素晴らしく、渓谷の景色は最高ですね!
テント泊は初体験で何をどうするのか???
美味しい夕食と朝食は凄く満足のご馳走でした。
夕食時の会話は「酔っぱらいの戯言」です。
露天風呂は白色の湯で、仕切りもなく開放感いっぱいでした。
星空を見上げながらの一時、大変楽しい時間を過ごすことが出来ました。
初めての共同装備を背負って、少し辛かったです。
ザックの重さが自分と一体化するまで、多少時間が必要でした。
他の方のザックも結構な重さで「弱音を見せたこと」が恥ずかしいです。

満員のトロリーバスで黒部ダムへ到着。
のんびりとした山道を歩き始める。
道が狭くなって、高度感のある道が続く。
全体を通して手すり代わりのワイヤーが有るので、危険はないが緊張して進む。
左半分がずぶ濡れになるシャワーポイント。
不安定な吊り橋。
真っ暗で足元がドロドロのトンネルは壁がキラキラと光って綺麗でした。
特に、最後となる欅平までの延々と続く階段の下りは、足に疲労がきていた為に答えました。

憧れのトロリーバスとトロッコ列車。
北陸本線の車窓から見る日本海の眺めは楽しい列車の旅。
なかなか出来ない貴重な体験でした。

反省点は、山行の途中で若い女性から「稜朋とは何かの会ですか?」と声をかけられ「山岳会です」と答えました。
更に「何人で歩いているの?」「12名です」「大勢で楽しそうですね!」「ハイ!」。
先輩方の様に「一緒に登りませんか?入会しませんか?」と誘えませんでした。
これからは、山の事だけではなくトークにも磨きをかけたいと思います。

いつも代表が私達の事を考え、最後まで面倒を見ていただき感謝しております。
台風の影響を受けず、楽しい山行が出来た事。
心よりお礼申し上げます
今後ともよろしくお願いいたします

編集者の老婆心

代表やリーダーに不慮の事態が起こる可能性はあります。
計画を建ててもらって着いて行くだけでなく、各人が山行前に下調べをして自力で下山が出来るように準備をする事を心掛けましょう・・・
山登りは自己責任です

Uさんの感想

数ヶ月前たまたま古本屋で購入した”山と渓谷”の表紙は下の廊下で飾られていた。
なんて美しい渓谷!
錦繍の渓谷への憧れは現実のものへとなったわけだ。
再度本を読み直し、紹介されたTV放映も注意深く観て 深い歴史も少し頭に入れた。
友人知人からは心配の声声。
しかし行って見たい。
自分の脚で秘境を体感してみたい、 その気持ちは深まるばかりだった。
その日は晴天、無風、山行には最高の天気となった。
実際 深いV字渓谷の断崖絶壁に作られた水平道を歩き始めてみると、 その自然の作り出した芸術作品に圧倒されるばかりであった。
注意すべきは 崖っぷちの道は幅が狭く 高度感・恐怖感は満点。
つまり命の危険がすぐそこにあるのだ。
心の中で呪文のように 集中&集中と唱えては歩みを進めた。
紅葉オンタイムには少々早かったが、屏風岩・白竜峡・十字峡・つり橋・ S字峡等々渓谷の絵巻は圧巻であった。
その後”高熱隧道”と呼ばれた300人以上の人々が犠牲となった歴史あるトンネルへ。
もぁっと熱気を。
そして歴史を感じながら通過。
急登を超えるとやっと阿曾原温泉。
暗くなり始めた露天風呂は疲れた身体を優しく包んでくれた。
夜、満点の夜空の下、仲間と食べて飲んでお喋りに花を咲かせ、8時間の歩行の疲れは どこへやら。
早々にテントへ潜り、翌朝は5時前に出発。
5時間の歩行も青空に恵まれた。
計画書どおり欅平からトロッコ列車に乗り込み、今度はのんびり風に吹かれて風景を楽しんだ。
なんとも言葉に出来ないほどの体験をさせて頂き、感謝の気持ちでいっぱい。
あまり写真を撮ることはできなかったが 身体に心に染み入って、記憶に残る生涯忘れられない山行であった。
計画立案されたリーダに仲間に大自然に感謝!
御礼申し上げます。
縁あって稜朋会に巡り会えた事に感謝!

Naさんの感想

10月11日~12日、黒部峡谷「憧れの下の廊下」黒部ダムから欅平までの30キロを歩いて来ました。
黒部ダムから阿曽原温泉までの旧日電歩道、阿曽原温泉から欅平までの水平歩道は黒部川左岸の断崖絶壁に沿って延びています。
好天に恵まれ青い空、黒部川峡谷の激しい流れ、「高熱隧道」の舞台、野趣あふれる露天風呂、そして阿曽原温泉では不思議な体験。
いつもの頂上を目指す登山とは異なるスタイルの山行は思い出深いものとなりました。
コースは立山黒部アルペンルートの長野側の玄関口である扇沢からトローリーバスで黒部ダムまで行き、黒部ダムから旧日電歩道を歩き阿曽原温泉小屋でテント泊。
翌日、水平歩道を歩いて欅平へ。
欅平から黒部峡谷トロッコ電車に乗り奈月に抜けるルートです。
旧日電歩道、水平歩道とも断崖絶壁にうがかれた狭い登山道で気を抜くことが出来ません。
特に旧日電歩道コース沿いには丸太の桟道や大ヘツリの高巻きがあり、楽しいはずなのに顔が真剣になります。
戦後、関西電力が黒部ダム建設の条件として登山道を整備することが義務づけられた為、今日まで維持管理されているとのこと。
その整備とは通行可能な必要最小限にとどめられているとはいえ、全行程に渡り左山側にワイヤーを張り、桟道には丸太を渡し、危険箇所には迂回するため数十?の木の梯子を設置してくれています。
まだ残雪の残る中、雪崩や落石で荒れた断崖絶壁沿いの30キロの道の整備は危険な作業でしょう。
感謝です。

阿曽原温泉での不思議な出来事とは、夜中に聞いた落石の音です。
まだ上の小屋から話声がする時間、テントの中で寝袋に入りウトウトしていたら、ゴロゴロ岩が崩れ落ちる音が川の対岸の方から聞こえてきました。
結構長い時間だし、大きな音がするのに誰も騒がない。
対岸の崩落だから誰も騒がないのかと思いつつ爆睡に入ってしまいました。
翌朝、何人かに聞いてみましたが誰も聞いていない。
寝ぼけていたのかもと思っていましたが……,、気になります。
私達がテントを張ったコンクリートは黒部第三発電所仙人ダム建設の際の阿曽原谷宿舎の跡地。
当時、泡雪崩の爆風で吹き飛ばされたブナが木造宿舎に突き刺さり押しつぶし、各部屋に備えつけられた火鉢の火で火災が発生、大勢の犠牲者が出たとのこと。
小屋の下のコンクリートは当時のままという。
小屋から5分程下ったところにある露天風呂の近くにあるトンネルが高熱隧道へ通じる作業抗で、露天風呂の湯はトンネルを通り高熱隧道から引かれていると聞いた。
山行前に吉村昭の「高熱隧道」を読み返して想像が膨らんでいるからでしょうか?
夜中に聞いた落石の音が気になります。
もし、水力発電所建設のために尽力し犠牲となった方達のメッセージだとしたら、ご冥福をお祈りします。

通行可能な時期が短くて計画がたてづらいコースだったと思います。
今回も全員無事に踏破。
リーダーはホッとされたことでしょう。
有難うございました。

編集者の浅知恵

夜中に聞いた落石の音は、
たまたま黒部川の急流に流された大岩が転がっていた音では?
それとも、「高熱隧道」にまつわる世界へ行ってきたのかも・・・

Aさんの感想

去年の秋、本屋で山の本を立ち読みして「紅葉の下の廊下」なる場所が紹介されており、こんな秘境があるのかと心惹かれた。
幸運にも今年の秋、紅葉の時期に訪れるチャンスがやって来た。
黒部ダムから阿曽原温泉経由で欅平まで約26kmの道のりである。
断崖絶壁だし梯子もあるようだしと、事前によく調べ、荷物を必要最低限に減らして準備をした。
直前に台風を心配したが、結果的に2日間とも天気に恵まれ暑いくらいだった。
水平道は写真などで見るよりも幅もあるし、ワイヤーもきちんと整備されており、危険だが気を抜かず歩いていれば怖い場所はなかったように思う。
左側のワイヤーを持ちながら、右側の黒部川の美しい流れと白い巨岩・断崖絶壁に紅葉そして青空!
景色を堪能しながら歩く。
途中、丸太の梯子や長いつり橋など、スリルを味わいながら通過。
しかし、いかんせん8時間超である。
寝不足と疲れも出てきて後半は集中力が途切れがちになる。
気を抜いた時が危ない・・と思いつつ長かった。
阿曽原温泉に着いて良い場所にテントを張らせてもらえて、食事の準備。
いつもはテントの中だが、人数も多いし寒くないので外でワイワイ言いながら材料を切ったり煮込んだり楽しいひととき。
そして待ちに待った温泉へ!
山道を下りきった場所に湯船とスノコだけの野趣溢れる装い。
熱めのお湯がこんこんと湧き出ており、一日歩いてきた疲れが溶け出すようだった。
夜の帳が下りる中、居合わせた方たちも皆満足そうで最高の時間を共有した。
翌朝は体も荷物も軽くなり、欅平までの道のり約5時間をさくさく歩く。
初日はヘルメットをかぶっていたが、2日目は帽子で歩き、頭を3回木や岩にぶつけた・・。
欅平からトロッコ列車・地鉄・JRを乗り継いで、6時間以上かけて信濃大町まで戻った。
こんなに長時間電車に乗ることはないので旅行気分で新鮮だが長かった。
それだけ2日間よく歩いたって事だ。

錦秋の渓谷を存分に歩き、秘湯を満喫し、心に残る山旅となった。
事故もなく計画通り終えることができて代表はじめ、トップとラストを護って下さったサブリーダーの方々、参加された皆さんに感謝です。
ありがとうございました。

Saさんの感想

関西電力が建築した黒四ダム。
作業員延べ人数は1000万人を超え、工事期間中の転落やトラック・トロッコなどによる労働災害による殉職者は171人にも及ぶ難工事の末、昭和37年に完成している。

下の廊下はダムを建築する際に資材を運ぶ為に渓谷を削り、梯子を通し、トンネルを掘って造った道だと教えてもらった。
資材を運搬といってもトラックが通れるわけもなく、ひたすら人力に頼ったことは断崖絶壁で人がすれ違うのに危険を感じることからも容易に想像がつく。

扇沢から始発(6:30発)のトロリーバスに乗り黒部ダムへ。
豪快な放水を左上に見ながら標高を下げて行く、いつもと違う山行が始まった。
紅葉にはまだ早かったようだが勢いよく渓谷を流れる澄んだ水、所々に見られる滝、まだ残っていた雪渓。
絶景の連続に写真を撮る手が止まらなかったが道は断崖絶壁を削り、人ひとりがようやく歩ける幅しかない場所が多くあり、「気をつけろ!」とリーダーの怒声が何度も響く。
一番怖いと思ったのは後ろからいきなり他の登山者に追い抜かれること。
渓流の音とヘルメットが後続者の気配を消してしまう。

今夜のお宿は阿曽原温泉。
到着時間も遅かったがテント場は一杯で山小屋脇のテラス席を提供してもらえる幸運にも。
テント設営・夕食準備・女性陣は露天風呂へと同時進行。
星空の下でのビールで乾杯と絶品カレー、会話は弾む。
食後は男性陣がヘッドランプをつけ露天風呂へ。
混浴タイムで少し嬉しいサービスも・・・・・・
翌日は水平道の連続・連続・連続・・・ 絶景もさすがに飽きてくる。
ようやく欅平に到着。
観光客に紛れてトロッコ電車宇奈月温泉まで。
観光気分満点。

一般の登山者はなかなか踏み入れられないこの時期限定の下の廊下。
2日間で30kの山行は今までの山登りとは違った感動を与えて貰えた。
天候とリーダー・諸先輩に感謝。



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