早池峰山&東日本大震災復興支援の旅 

平成29520()21()

参加者14 

5月の東北シリーズの山旅は日本100名山である岩手県早池峰山。天候に恵まれれば6月シーズン前の静かな残雪の山旅が楽しめると言うことで、参加者は天気に期待していた。今回は登山後のテント泊地を宮古の道の駅にしようと計画段階で企画して、情報を1ヶ月前から調査した。

まず早池峰山はシーズン中は小田越から登るのであるが、道路の除雪が終わっていない場合は小田越手前の河原坊駐車場から1時間30分、歩くようになる。今回は1週間前に除雪が終わったと言うことで、下山後の宮古への道は迂回しないで済むことが判り、時間が有効に使える事でほっとする。

通常はシーズン中、河原坊にマイカーを置き、シャトルバスで登山口まで来る。地元の人は小田越に20台くらい車が止められることを知っており、登山口近くに今回も止めていた。Fも早池峰は夏に3回来ており、登山口の駐車場を知っていたので1週間前にゲートが開いたのを確認した為、躊躇無く小田越の駐車場を利用した。次に下山後は宮古へ行く途中に新里の温泉で汗を流し、夕方早く宮古市内に入る。

東日本大震災で巨大津波に襲われ多くの市民が巻き込まれた街である。Fの無人の実家も津波の被害に合い、1階の鴨居近くまで水が入り、6年前の3.11から2ヵ月後の5月連休に立山合宿から帰った夜に2tトラックに1階の床板や乾燥剤を積んで600㌔を夜中に走り、3日間掛けて海水を被った畳や床板を剥がして、後処理した記憶がある。それから6年経過し、まだまだ復興の最中の宮古市内。東日本大震災は数100年に一度起きるか起き無いかの未曾有の震災。県外からの支援がないと復興はありえない。漁業と観光が街を支えている宮古市。その支えに微塵ではあるが、食事をしたり観光をして市民が元気になってくれたら思う。 

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10時武蔵浦和に集合。レンタカー含め2台に14人が分乗して一路、東北道花巻インターに向かう。片道600㌔の山旅の始まり。 

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1時間おきに3人の運転交代で安全を図る。朝4時過ぎに夜が明け、花巻インターを出る。ナビに誘導され、道の駅はやちねに1時間で着き朝食と休憩を兼ねる。道の駅から30分ぐらいで河原坊のシーズン中の駐車場に着く。シーズン前ではあるが数台の車が止まっており登山準備しているグループが見られる。其処を素通りして、道路脇には残雪が見られるようになり標高が上がっていく。午前6時過ぎに、小田越登山口に到着。管理棟があり、駐車場は100m位先にある。既に5台ぐらい止めてある横に駐車し、出発の準備をする。天気は快晴。 

登山口周辺には雪は無い。AM640分、寝不足はあるが天気に恵まれているので気にならない。歩き出して森林帯に入ると残雪が出で来る。10分程度で残雪地帯を抜け。早池峰山特有であるが標高1300m越えると森林限界を抜け、岩稜帯になる。関東周辺で有りえない植生である。道は良く整備され歩きやすい。歩き出して1時間過ぎると後面の薬師岳を眼下になるぐらいの標高になる。雪は全く無い。そこから梯子が出て、稜線近くになると残雪が出始め、山頂小屋近くまでは残雪の中歩く。アイゼンを付けるほどクラストはしていない。AM830分に山頂に着く。霞の中に岩手山が遠望出来る。風が穏やかで気持ちが良い。通常のコースタイム2時間20分の所、2時間掛からないで登ってきたことになる。

山頂で1時間ノンビリする事にする。各々マッタリ自由に時間を過ごす。一寸した岩でボルダリングをしたり、ダベッタリし、自然と対峙したり。下山は1時間30分強で駐車場に着く。付近にはフキノトウが雪解け後に出始めており、夕食の親睦用に摘む。残雪が道路脇にあるのでビールを冷やす為に発泡スチロールに詰め込む。AM11時過ぎに小田越の駐車場を後にし、川井村新井里のゆったり館の温泉に1時間30分掛けて山岳道路を走る。新緑のブナの木と爽やかな5月の風に日頃の街での喧騒感が和らぐ。

新里の温泉はシーズン前の土曜日の昼という事で客もまばらで、ゆったりと入る。PM2時過ぎに宮古市内に向かう。30分ぐらいで市内に入る。山と違って夏の様相。気温が30度超えている。宮古湾の海風が入ってるので蒸し暑さは無い。3時前に予約してある海鮮料理の店に到着し注文をしておき6時頃に来ることで、次の目的地である日曜日の朝食を摂る市場の海鮮料理屋に。朝7時に来たとき直ぐ海鮮丼が摂れるように前日に予約して、宮古浄土ヶ浜に向かう。15分ぐらいの距離である。

途中、東日本大震災の津波の高さを表す表示板を見て10m以上津波の巨大さに唖然とする。まだ空き地も沢山あり、復興の途上である事が判る。マスコミで知らされる、部分的な活字や映像で理解しても現実、目の前で見ると規模の大きさに圧倒される。浄土ヶ浜で1時間30分ノンビリし、新しくできた遊歩道で陸中海岸の美しさを感じ、サッパ船にて条件が揃わないと見られない海の中の光の世界、緑の洞窟を見て楽しんだり、ウミネコとの戯れに童心に戻って日頃のストレスを忘れる。夕方6時前に宮古市内に戻り、夕食の海鮮料理を堪能する。宮古湾近海で取れる新鮮な海の幸に満足する。夕食後テント泊予定地の道の駅みやこのある宮古湾埠頭に向かう

車で10分程度。道の駅の中に椅子の無い休憩場所があり、15人程度寝られると判り、テントを張らずに寝る場所は休憩場を使用することにした。横の空き地にブルーシートを張り親睦会をすることで準備。市内で購入した生ホタテやドンコの魚などをコンロで焼き、雪で冷えたビールやソフトドリングで宴は盛り上がり、灯台の灯りがムードを更に高めてくれた。9時過ぎには寝不足もあり、灯かりのついた休憩場で静かに眠りに入る。

521() 夜中に目が覚め、ウトウトしている。海の朝は早い。漁船のエンジンを叩く音とウミネコの鳴き声で、個々に起き上がる。AM5時過ぎには全員シュラフを片付け、誰と無くモーニングコーヒーの準備をする。潮風を受けながら、釣り人を見て、時折通る漁船に日頃味わえない旅愁を覚える。道の駅を6時過ぎに出発し、魚菜市場に到着、朝食には30分早いので市場内で買い物したりして時間を調整し、7時過ぎに予約してある海鮮丼の店に入る、前日に予約しあったので直ぐに海鮮丼が出てきた。市場内なので安くで新鮮な海鮮料理を賞味する。AM730分に宮古市内を後にして、一路東京に向かって600㌔の運転が始まる。日中の運転なので疲れは出ない、1時間交代で夕方4時過ぎに浦和に到着し、1200㌔の山旅と復興支援の旅を終えた 

                            記録 Y・F



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