赤岳主稜登攀
平成29715()
参加者7 

無雪期の赤岳主稜を一度は攀って見たいと以前から感じており、今回登攀経験の殆どの無い会員5(男性2名女性3)Kリーダーを加え7人で個人山行として計画した。

特に女性3名は5月の白馬主稜のバリエーションを経験不足として我慢させた経緯がある。バリエーションへ行く際には連れて行ってもらうとの気持ちでは有事の際には通用しない場合もあり、といって少しづつ経験を積まなければこれまた学ぶ機会が無いこともある。ゲレンデや机上で何度学んでも通用しないのがアルパインクライミング。

Kリーダー、Fは先輩諸氏の仕草をアルパインの現場で見て、聞いて技術を習得してきた。『ビレーは出来ません、攀れません』何て言葉は間違っても発してはならない。リードする人のプレッシャーをよく考え「パートナーを落としてはいけないだ」という使命を認識してロープを結ぶ。古くから山岳小説にも書かれているようにロープパートナー(以前はザイルパートナーと言った)と一心同体。

ロープを結んだ人に全てを託す訳であるから絶対なる信頼関係がなければならない。技術が未熟なのは始めは誰しもあり、KリーダーやFもバリーエーションでは落ちたこともある。過去にはKリーダーと後輩の亡くなったFzの3名で4月の凍った雪の斜面でランニングビレーの取れない赤岳南峰リッジに登ったときは200m近くアイゼンの前爪とピッケルのピックのみで登攀したときは心臓がバクバクして滑ったら死ぬと思った経験がある。しかし安全帯に抜けた時の充実感と安堵感に胸を撫でたことがあった。こんな事はアルパインをやっていれば経験することであり、泣きなど入れない3人に安心感があった。ゲレンデでは学べない、兎に角、何が何でも攀るんだという緊張感の持続と精神力がすべてある。

7月の谷川岳一の倉中央稜、3月の雪の小同心クラック以来の久しぶりにKリーダーとアルパインを楽しんだ。参加した女性陣、経験浅い男性陣はアルパインやりたいなら2人から見て盗んで学んで欲しい。それが山岳会である。

前置きは其のぐらいにして、赤岳主稜の内容に入るがFは正月に一度登っているがルートは既に忘れていると言うより、アルパインはリードによってルート取りが変わる。無雪期の記録は殆ど無く、此のコースは岩が脆いので冬の季節が基本になっている。しかし近年、大同心、小同心含めて八ヶ岳西壁が見直しされ、身近に行けるアルパインルートして無雪期に攀られるようになった。岩のもろいのは穂高や谷川も一緒。ホールド、スタンスは何処の岩場でも確認しなければクライマーとは言えない。

冬の季節に岩に浸み込んだ水分が凍り膨張し岩を脆くする。夏になると一気にボロボロになる。そのことを認識しなければならない。これから攀る人のために参考になるように詳細に記録する。 

7/14 金曜日 夜10時 新宿西口に7人が揃い小淵沢インターに向かう。深夜1230分にインター先の道の駅小淵沢に到着しテントを立て朝4時まで仮眠する

7/15 土曜日 朝4時過ぎに起きて美濃戸口まで車を移動。天気は青空が出はじめて好天を期待する。3連休で駐車場は満車状態、5時前に準備して出発し南沢経由で2時間で行者小屋に到着。天気は快晴になり最高のクライミング日和を喜ぶ。赤岳主稜が綺麗に見え、指差しで説明するがどのラインが主稜か理解されず、Fが「あのラインだ、あのラインだ」と説明にKリーダー以外チンプンカンプン。小屋から見ると赤岳山頂に突き上げる急峻な岩稜に見え、『あのラインを攀るんですか、怖いです、心が折れ始める』、F Kの方が余程心が折れてしまう。

『なんて軟弱なパートナーを連れてきたのか、これから7人を3本のロープを使用した複雑なロープ回しをしなければならない。それに最大登攀時間を7~8ピッチ7人で7時間と読んでいる。心の折れたパートナーでは読みきれない』と内心思い激を飛ばす。『一般ルートで行く選択肢は此処で出来ると伝える』と軟弱クライマーは『主稜を攀ります』と回答。気持ちが入れ替わった段階で行者小屋を後にし文三郎尾根を1時間急登する。トラバースとの分岐点に到着し、登攀装備を付け準備を終える。

登攀開始午前9時20分。Kリーダーがチョックストーンの取り付きまでの脆いトラバース60mをロープセツトにスタート。途中2ヵ所、ランニングビレーを取り、50m一杯でフィックスを張る。これからは1ピッチ目のルート工作として50mロープを持って2番手にSをビナ通しで、3番目に更に50mロープを持ってSuを行かせる。SSuの2人が取り付きに着いたら、1ピッチ目の準備に入らせ、4番目以降女性3人を順次、ビナ通しでザレ場を通過させる。1ピッチ目チョックストーンの取り付きに女性3人が着いた段階で本格的なクライミングが始まる。先頭をSに指示し、Fがトラバース地点から無線でルート説明し中継をする。チョッストーンを下を潜り抜け、ザレ場に抜けたら右に回りめばビレー用のボルトがあるから其処まで攀りフィックスを張る様に指示した後、Kリーダーに委ね、F がトラバースルートに入る。ボロボロにザレているが直ぐにⅠピッチ目取り付き点到着。

30分で7人がトラバースルートを抜ける。1ピッチ目のビレーがセットされたら、末端に女性が付き、次にKリーダーがリードし女性が付き、3番目にSuがリードし真ん中に女子が入り末端にFが入り、ランニングを回収し1ピッチ目を終了。全員要領を得てくる。

理屈では無いことを身体で感じ、『セルフビレーをまず先に取れ』とKリーダーから指示が飛ぶ。2ピッチ目に入るルート取りをFが説明し、Kリーダーがリード。ビレーを取っている4m位の凹角の立っている壁も行けないことは無いが、よく他のパーテイが間違える場所で、女性には無理と感じ、左側のカンテ沿いにルート取りをするように指示しKリーダーが此のルートが正解と回答してロープを伸ばす。30m位をリッジで伸ばしビレー点に到着しフィックスする。ビナ通しで攀れるとの無線で女性陣にセツトをさせる。Suが確認をし、順次3人の女性が攀っていく。慣れてきてロープワークが要領よくなって来た。時間が短縮してきて、Fの頭の中では5時間で行けると感じてきた。 

3ピッチ目は脆いリッジで、スリップすれば下まで持っていかれるので、スターカットで3本ロープを屈指する。確かに人工落石は頻繁に起きる。再三、注意を促す。『落石の通り道には間違っても入るな』と指示が飛ぶ。頭の大きさの落石がリッジの反対側を飛んできて大きな声で『落』の叫び声。Fが叫び声を聞いた時は、誰かが落ちたと感じ、鳥肌たった瞬間である。後で聞いたら、大きな岩が落ちたということでホッとした。別に珍しくは無いが後続パーテイがいたらと思ったら『あ!!』と思う。『もっと慎重に岩を扱えよ』叫びたくなる。

古くには穂高滝谷合宿でFは滝谷Cルンゼを攀っているときに他のパーテイの落石で小石を肩に一撃食らい、負傷したことがある。このときは『落』の叫びで大きな岩に隠れたが肩が隠しきれず、負傷した経緯がある。その時はそのまま登攀し登りきったが。トラウマを感じた。3ピッ目を抜け4ピッチ目下部岸壁凹角は安全のためフィックスを張り、無難に抜け、4~5ピッチは草付と岩のミックス。階段状であるのでKと女性、Sと女性、Suと女性にFが繋がりコンテで行く。コンテは時には怖いけどロープを弛まさないように指示し3パーテイとも無難にこなす。

6ピッチ目は上部岸壁となる。Sがリードする。正面の凹角ルートに10m位の8mmのお助け紐がぶら下がっている。『此処を攀るんですか』と叫ぶ。『違う、そんなルート女性では攀れない』『壁の右側に沿って回り込め、ルートがあるはずだ』と下から指示し、回り込んだところにボルトがあると無線が入る。全員回りこんだ地点に集まった、ビレー点に全員集まれないので、Kリーダーが到着した時点で、小さな凹角をKリーダーがリードをし直ぐに抜ける。無線で稜線にハイカーさんが見え、終了点の近いこと受ける。ビナ通しでいけるとの連絡で、全員通過。

7ピッチ目は草付きとなり、ロープ無しで行けると思うがアルパインの疲れと緊張と空き腹、水の補給無しで殆ど攀つて来たので、実質の最終ピッチをKリーダーにフィックスを張る様に指示し、全員終了点に到着、目と鼻の先に、一般登山者か歩いている。赤岳山頂が目の前に見えている。午後2時10分、登攀終了。トラバース地点から5時間で7人パーテイが抜けた。ルート取りにミスが無かったので、予定時間より1時間早く終了した。

行者小屋での『軟弱な女性クライマー』も頼もしくなって終了点に到着。Kリーダー、S君、Su君のサブリーダーのリードに複雑な3本ロープワークを巧みに運用した結果、予定より早く着いたと感じている。山頂で給食をし、文三郎尾根を1時間15分で下山し、小休止後2時間で南沢を降りて、駐車場に夕方6時前に到着12時間行動を終える。疲れた身体を癒す為に鹿の湯に周り本日の宿泊場である道の駅小淵沢に午後7時45分に到着、テントを張る前に近くのセブンイレブンで麦酒を購入し女性陣を中心に夕食の準備をし宴をする。Kリーダーから全員無事にアルパインクライミングを終えたことに『お礼』の言葉が。満足感に酔いにしびれる。10時過ぎに眠りに入り翌朝5時45分に道の駅を後にし朝8時に新宿に到着し山行を終える。

                             記録 YF



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